あのねママ聞いてお手伝いをするから あのねママ聞いて ランドセルはピンクがいい。 【アニメ】あのね、ママ聞いて【歌ってみた】

子どもに伝えたい「心に響くちょっといいはなし」

あのねママ聞いてお手伝いをするから あのねママ聞いて ランドセルはピンクがいい

ピンクのランドセル ピンクのランドセル 作: Marie 千香子は、高校のグラウンドでラグビーをしている英悟を見ていた。 女生徒に人気NO.1の英悟のガールフレンドであったため、他の女の子から嫉妬されることもあった。 そんなときは笑顔で答えていた。 「私達は幼なじみで、親同士が将来の約束をしてあるの。 両方とも父親はもう死んでしまったから、遺言みたいなものよ。 あたしは、いずれ英悟のお嫁さんになるのよ。 」 英悟は、千香子と海辺にある叔父の所へ向かっていた。 ここに来るのは何年ぶりだろう? 昨日、産婦人科を経営している叔父が行方不明になったと連絡が来た。 連絡をくれたのは、叔父の下で働いている看護婦さんらしい。 母が風邪で体調を崩しており、替わりに様子を聞きに行くことになったのであった。 ちょうど千香子も暇であったため、同行する事にしたのであった。 産婦人科は、もう患者もいないからか、薄暗い雰囲気が漂っていた。 ドアのベルを鳴らすと、20歳代後半くらいの看護婦が出てきた。 「英悟さんね? 先生から噂は聞いていました。 どうぞ、お入りになって」 泰子という名前の看護婦は、膝上15cm以上もあるミニスカートをはいていて、メイクも濃いめで妖艶な雰囲気の女性であった。 千香子がいっしょにいることを忘れて、すっかり魅了されてしまった。 叔父は、失踪する前に「私になにかあったら、甥の英悟を呼んでくれ」と言い残しておいたらしい。 警察には連絡はせずに、しばらく様子を見ることになった。 夕食の時にワインが出され、高校生の身であるにも関わらず、つい飲んでしまった。 その夜は千香子は旅の疲れたのか早く寝てしまった。 英悟は妙に興奮して寝付かれなかった。 夜中になり、ドアが開いた。 泰子がネグリジェ姿で立っていた。 シースルーのネグリジェから盛り上がった乳房が透けて、目に焼きついてしまった。 誘われるままに、泰子の手の方向へ進んでいた。 「英悟さん、大人の女の魅力をたっぷり教えてあげる・・・」 泰子に服を脱がされて、ベッドに寝かされた。 泰子は、舌で英悟の身体中を舐め始めた。 ふだんの千香子とのセックスは、一方的に英悟が攻めまくるものだったので、初めての受け身の立場を味わって、陶酔感に浸っていた。 その陶酔感は、やがて目眩に替わりいつしか意識を失っていた。 まるで麻酔をかがされたように・・・。 英悟が気がつくと産婦人科のベッドの上に寝かされていた。 股間には、特殊な管がつながれていた。 泰子が脇にある機械のボタンを押すと、管の中にピンク色の泡のようなものがあふれ出して英悟の股間の性器をそっくり包み込んでいた。 英悟は、暴れてそこから逃げようとしたが、両手、両足がベッドに縛られていて口にも猿ぐつわがされており、声も出せない状態であった。 そのころやっと千香子は目が覚めた。 まるで睡眠薬を飲まされたように深い眠りであった。 あら? 英悟がいないわ・・・。 いったいどこへ行ったのかしら? まだ頭痛が残っているが、やっと立ち上がり各部屋を探し始めた。 やがて、手術室に明かりがともっているのに気がついた。 ドアを開けて、ベッドにくくりつけられている英悟の姿を見つけた。 「何をやっているのですか! 英悟をどうする気なの?」 「あら? 思ったより早いお目覚めね。 睡眠薬の量がすくなかったみたい。 見られてしまっったら、もうしょうがないわね・・・。 私は、女性の若返りを研究していたの。 永遠の美を求める女性はお金に糸目を付けないからね。 世界中のどの国でも長生きしてるのは女性の方よ。 私は、研究を重ねているうちに、女性の胎盤から取られる物質に特殊なエキスが含まれていることに気がついたの。 そのエキスを分解して遺伝子を操作する物質を作り上げたのよ。 その物質を身体に投与しているうちに、肉体が変性して身体中に女性ホルモンが流れ始めるの。 そして、肉体を若がえらせることが出来るのよ。 」 「それと英悟に何の関係があるの?」 「私は、研究資金を集めるために、お金が必要になった。 それで、この薬品を戦争に利用できるのではと考えて、戦争ブローカーに声をかけたの。 男性を女性に変身させれば、戦闘意欲がなくなってあっという間に国を占領出来るからね。 それで、ブローカーが資金の提供をするのにモニターが必要になったの。 もう、わかったでしょう?英悟さんは、これから女になるのよ。 」 「そんなこと今の化学では出来るはずがないわよ!」 「ふふふ、目の前にいるでしょう?実験の成功例が・・・」 「まさか・・貴女は、英悟の叔父さんなの?」 「そうよ。 私が失踪したはずの叔父よ。 どこを捜しても見つかるはずがないの。 もう私は別人に変身したのだから。 美しい女にね・・・」 「これから英悟はどうなるのよ・・・・」 「薬品の量を調節したから、約1ヶ月で女の子に性転換するわ。 たぶん、11歳の少女として生まれ変わってね。 私も女性に生まれ変わってわかったの。 女性になるって素晴らしいことよ。 その幸せを英悟さんにも味会わせてあげる。 」 やがて機械が止まった。 股間から管が取り外されたが、今のところは特に変化が見あたらないようであった。 ただ異常に体力を消耗しているようであった。 意識も朦朧としているようであった。 「英悟、大丈夫? しっかりして!」 千香子が英悟の身体を揺さぶって話しかけている間に、いつの間にか泰子が背後に立っていた。 腕には拳銃が握られていた・・・・。 「千香子さん?秘密を知ったからには、生きて返す訳にはいかないの。 悪いけど死んでいただくわ。 」 ゆっくり銃口が千香子に向けられた。 その時だった。 突然、泰子の身体が震えだした。 「うう・・まさか、こんなに早く副作用が出るとは・・・。 」 泰子の姿がスロービデオを見るように変化していった。 先ほどまでの熟れた肉体は今では、二十歳くらいの女性に見えるほど若返っていた。 「やっぱり、最初の実験の時の薬品の量を間違えたんだわ・・・。 こんなはずではなかったのに・・・。 くやしいわ。 」 泰子の姿は、女子高校生くらいの若さになっていた。 「私は、もうすぐ若返りが加速してやがて赤ちゃんになり、胎児となっていずれ消滅する運命らしいわね。 やっぱり、神様の摂理に逆らったばちが、当たったのかも知れない・・・」 「英悟は・・英悟も同じように若返りが加速して死んでしまうの?」 「英悟さんは、改良を重ねた結果の薬品を使ったから心配はないはずよ。 こんな結果になって残念だわ。 もうこの研究も終わりね・・・。 ねえ、千香子さん? さっき貴女を殺そうとして身勝手だとは思うけど、お願いを聞いてちょうだい。 ここの施設をそっくり燃やして欲しいの・・・。 こんな危険なデータが戦争ブローカーの手に渡ったら世界は終わりよ。 今頃反省しても遅いけど、私は間違っていたわ。 」 すでに泰子の身体は、10代の半ばくらいまで、若返りしていた。 声も若い女の子のように高い声になっていた。 やっと意識がはっきりした英悟は、叫んだ。 「おじさん、いや泰子さん? 僕はこれからどうしたらいいんだ!」 「もしものことを考えて、あなたの母親に手紙を書いてあるの。 そこの机の引き出しに、入っているから必ず渡してあげてね。 それから英悟さん? あたし、女になってわかったの。 女になるってとっても素晴らしいことなのよ。 今までだれも私のことなんか振り向いてくれなかったのが、向こうから声をかけて誘ってくれるのよ。 毎日鏡を見るのが楽しみで、男の時には出来なかったおしゃれやお化粧がうれしくって・・・・。 女として死ねてうれしいわ・・・・・。 」 言い終わる頃には、泰子の姿は幼児となっていた。 そして、見る間に赤ちゃんになり胎児のような姿を経て・・やがて消滅した。 それから二人は、手紙を取った後、建物に火をつけて逃げた。 帰りの電車の中で英悟は、変に身体が熱くなっていた。 そして胸がこすれてくすぐったい感じがした。 目の前で楽しそうに騒いでいる女子高校生を見て思った。 もうすぐ、自分もあんな風になるのか・・・・。 そんな不安そうな英悟を見て、千香子は英悟の手をぐっと握りしめた。 もう男と女として愛し合うのは最後になることがわかっていた。 二人は、セックスが終わったあともずっと抱き合っていた。 (可哀想な英悟。 でもあたしがずっとついていてあげるわ・・) 3日後くらいからTRANSが始まってきた。 濃くなっていたヒゲがそっくり抜け落ちて、その後に美しい肌が現れてきた。 ラクビーで鍛えた筋肉はもう目立たなくなっていた。 肩は丸くなり始めて、身体全体が縮んでいくような錯覚を覚えた。 一週間もすると誰の目にも変化に気がつくようになっていた。 英悟は覚悟を決めて、千香子と二人で母親に手紙を渡した。 母親は気丈な人でうろたえなかった。 「英悟ちゃん。 今だからお話するけど、あなたが産まれた時は双子だったのよ。 もう一人は、リカって名前の女の子だったの。 産まれてすぐに亡くなったけど、 いつか生まれ変わってまたお母さんの前に現れるんじゃないかって気がしてね。 あの時、死亡届を出していないの。 行方不明ということにしてあるから、まだ戸籍が残っているのよ。 貴女は、これからリカちゃんになりなさい。 生まれ変わってあたしの娘になるのよ。 わたし、ずっと娘といっしょに料理を作るのが夢だったの。 だから心配しないで、安心して性転換していいのよ。 」 英悟は毎朝、鏡を見るのが恐かった。 手はどんどんきゃしゃになっていった。 股間のものもどんどん小さくなっており、もう立って排泄をすることは不可能であった。 母親はすでに学校に退学届けを出していた。 英悟の頭の中も脳が若返って行くのか、テレビのニュース番組を見ても今では難しく感じていた。 毎日変わっていく体型に服装が対応できないので、ずっとパジャマ姿であった。 最初の頃は、抵抗して男の子用のパジャマを着ていたが、今はあきらかに少女用のパジャマを着せられていた。 下着もユニセックスタイプの物から、ティーンの少女用の物についにはロー・ティーン用の下着しかサイズが合わなくなっていた。 家に電話がかかってきても、もう出ることが出来なかあった。 声がもう少女のような高い声に変わっていったからである。 英悟にとっては、屈辱の毎日であった。 そして1ヶ月後のある日。 英悟は、依然として男の子として通していた。 名前も自分は、英悟であることにこだわっていた。 急に腹痛が起きて母を呼んだ・・・。 「お母さん、僕、おなかがいたいよ・・・。 」 男の子のようなしゃべり方であったが、声は少女の物であったので自分でも不自然な気がした。 「英悟ちゃん、下着をお脱ぎなさい」 母は、ゆっくり木綿のパンティを脱がした。 すると股間が震え始めた・・。 「お母さん、僕はいったいどうなってしまうんだろう・・・」 「いいこと、これからきっと女の子になる儀式が始まるのよ。 」 すでに小さなサイズとなっていた英悟のペニスは、震えながらおなかの中へ消えていった。 あとには、くっきりと上から縦に筋が入っていった。 その筋は、ゆっくりと体内にめり込み、やがて少女の陰部が生まれていた・・・。 「もうこれで貴女は女の子になったのよ、リカ・・。 」 英悟はもう覚悟を決めた。 リカと呼ばれて、ゆっくりとうなずいた。 「リカちゃん、こっちへいらっしゃい。 お友だちのチカちゃんが来てるわよ」 ママが下でリカを呼ぶ声がした。 リカは階段を下りながら廊下の全身鏡で自分の姿を映した。 もう変身してから3週間も経っていたのに、まだその姿に慣れていなかった。 鏡の中には、ピンクのパーティードレスを着た可愛らしい11歳の少女がいた。 リカは、かって自分が17歳の少年であったことを思い出していた。 この3週間の間、ママは、それまでのことを忘れさせようとして努力していた。 男の子時代の物はすべて処分した。 部屋も女の子らしいピンクの壁紙が貼ってある可愛い部屋になっていた。 タンスの中にもおしゃれなスカートやブラウスがしまってあった。 これは一時的な物ではなく、これから一生この姿で過ごさなければならないのだ・・。 リカは階段を降りる前にスカートの裾を撫でつけた。 そのスカートは、とても短くてちょっとでもかがむとパンティが丸見えになるほどであった。 すでに女性ホルモンが分泌され始めており、リカのお尻は優しい膨らみを持ちはじめていた。 短いスカートをはくことは、リカが女の子になるためにいっそう拍車をかけていた。 降りながらスカートとペチコートが膨らんでしまい、スカートの裾を押さえながらゆっくり降りなければならなかった。 千香子は、リカの可愛らしい仕草に気がつき微笑んだ。 「こんにちは、千香子・・・・・お姉さん。 」 「はーい、リカちゃん。 貴女のそのドレスはとってもキュートでステキよ。 貴女のママは貴女にお似合いのスカートを選んでくれたわね。 」 その言葉は、リカの中に少しだけ残っていた男の子の心をうち砕いてしまった。 「今までは男の子といっしょに遊んでいたけど、これからは女の子として女の子の仲間といっしょに遊びましょうね。 」 彼女は、リカの手を取って庭に連れていった。 千香子と並ぶとリカはまったく子供であった。 今では、いっしょに並ぶとリカは20センチも背が低かった。 千香子のタイトなスカートとシルクのブラウス、踵の高いヒールは歳よりも成熟して見えた。 「ねえ、リカちゃん? あなたのママから聞いたの。 やっと女の子として生きていく決心ができたそうね。 あなたは可愛らしい少女に変身しようとしている。 今後はあたしがそのお手伝いをしてあげるわ。 女の子としてはあたしのほうが先輩だから。 」 「僕は、恥ずかしいよ・・・。 こんな姿を昔の男友達に見られたら・・・」 「もうお友だちは、貴女のことを見分けられないわよ。 こんな可愛らしい少女に生まれ変わったなんて誰も思わないわよ。 リカちゃん、これから貴女は女性として生きて行くのよ。 」 「・・・女の子の服がまだしっくりこないんだ・・・」 「ええ、自然と慣れてくるわよ。 これからは、いろんなおしゃれを楽しみましょうね。 おしゃれは女の子の特権よ。 甘いケーキを食べながら、一晩中男の子のことをおしゃべりしたり素敵な女の子の生活を送りましょう。 他の男の子が貴女を見てどう思うか楽しみよ。 」 突然、突風が子供っぽいスカートとペチコートをまくり上げた。 千香子は、リカがピンクのパンティをはいていたのを見た。 リカは、恥ずかしさで真っ赤になった。 もう男の子に戻れないことを感じていた。 先日の診察でお医者様から言われたことを思い出していた。 「これから胸が膨らんできて、そのうちブラジャーをつけることになるでしょう。 プールに行くときも、ビキニの水着を着ていくことでしょう。 そして、生理が始まり、悩ましい日を過ごすことでしょう。 」 突然涙が流れ始めていた。 千香子はリカの、赤ちゃんのようなしなやかな腕を持ってベンチに彼を呼び寄せた。 彼女は、リカのすすり泣きがつづくので、彼女のひざの上にリカを乗せて言った。 「女の子になるって、とっても甘く素晴らしい物なのよ。 そのうちに慣れるわ。 そして女の子であることをきっとうれしく思うよ。 」 彼女はバッグからヘアー・ブラシを取り出して、リカの長く伸びた髪を女の子らしく分け始めた。 とても柔らかくて素敵な髪でああった。 「僕は、・・・女の子としてやっていけるかな?」泣きながら聞いた。 「ええ、あなたは素晴らしい美人になるわよ。 あたしがずっとそばにいてあげるよ。 」 「・・ねえ、僕の顔は、可愛く見える?」 「ええ、すごくキュートよ。 それにそんな可愛らしい声で僕って言ったらおかしいわよ。 もう、女の子なんだから、あたしでしょう?」 「わたし・・・あたし、自信がない・・・わ。 これでいい・・・かしら?」 「あなたは、これから小学5年生の女の子として学校へ通うのよ。 これから女の子として生まれ変わるにはちょうどいい年頃ね。 学校のためにピンクのランドセルや可愛いお洋服をたくさん買ってもらえるらしいわよ。 」 道の向こう側にリカと同年代の男の子が自転車で通りすぎながら、リカに笑顔で手をふった。 リカは恥ずかしそうに手を振りかえした。 「リカちゃん、誰なの? あたらしいお友だちかしら?」 「そうなの。 光一くんっていうのよ・・・・」 「あら、リカちゃんたら、顔が赤くなってる。 さては、ときめいているのね?」 「私・・あたしね、光一くんのことが・・・好きになっちゃったの・・」 「そうなの? いよいよ乙女こころがめばえてきたのね。 これからお料理を作ったり編み物をしたり、女の子らしくするのよ。 きっといいボーイフレンドに恵まれるわ。 」 「あたし、バレンタインまでには、チョコケーキの作り方を覚えたいの。 お姉さん、教えてくださる?」 「うん、いいわよ。 おんな言葉がやっと自然に言えるようになったわね?」 「あら、あたしったら・・・恥ずかしいわ・・・」 千香子は、照れているリカの膨らみ始めた胸に気がついていた。 「リカちゃん? ブラジャーを選ぶときは、お姉さんがいっしょに行ってあげるわね」 リカは、年頃の少女らしくにっこり微笑んだ・・・・。

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子どもに伝えたい「心に響くちょっといいはなし」

あのねママ聞いてお手伝いをするから あのねママ聞いて ランドセルはピンクがいい

子どもたちに伝えたい 「心に響くちょっといいはなし」は,日ごろの生活の中で出会った心温まる出来事,子どもたちの生き生きとした姿に感動した話など,みなさんの心に残ったちょっといいお話を広く県民の方々に紹介していただき,ほのぼのとした心の輪を広げることを目的としたものです。 タイトル テーマ タイトル テーマ 思いやり,感謝 希望と勇気,克己と強い意志 家族愛 友情,信頼 親切,思いやり 思いやり,感謝 思いやり 思いやり 礼儀,思いやり 礼儀 より良い学校生活,集団生活の充実 思いやり,礼儀 郷土愛 思いやり,感謝 希望と勇気 努力と強い意志 思いやり 郷土愛,礼儀 より良い学校生活,集団生活の充実 家族愛,感謝 礼儀,感謝 感謝,愛校心,思いやり・親切 努力と強い意志 友情,思いやり 礼儀 思いやり,感謝 克己と強い意志 よりよく生きる 郷土愛 勤労,感謝 礼儀,感謝 思いやり,感謝 希望と勇気 よりよい学校生活,集団生活の充実 思いやり,感謝 自然愛護,感謝 家族愛 親切,感謝,奉仕 感謝,親切 思いやり,感謝 礼儀,勤労 礼儀 思いやり,感謝 生命尊重,動物愛護 思いやり,家族愛 思いやり,感謝 郷土愛 勤勉努力,愛校心 思いやり,信頼友情 感謝,家族愛 愛校心 感謝 思いやり,親切 思いやり,役割と責任 思いやり,奉仕 思いやり,感謝 役割と責任 信頼友情 思いやり,植物愛護 郷土愛 正直 思いやり,感謝 自然愛,家族愛 親切,公徳心 思いやり,親切 親切,感謝 思いやり,親切 思いやり,感謝 思いやり,親切 思いやり 生命尊重,家族愛 家族愛 親切 思いやり,家族愛 郷土愛 家族愛 親切,感謝 思いやり,親切 家族愛,愛校心 自然愛,郷土愛 感謝 郷土愛 思いやり,感謝 理想の実現,家族愛,感謝 友情 自然愛,畏敬の念 愛校心 創意工夫,動物愛護 動物愛護 思いやり 感謝,家族愛 夢,希望 思いやり 生命尊重,動物愛護 勤労,奉仕 勤勉努力,家族愛 親切,家族愛 誠実,思いやり,責任 家族愛 自然愛,家族愛 家族愛 生命尊重 友情,愛校心 家族愛 協力,役割と責任,奉仕 家族愛 感謝 生命尊重,家族愛 感謝,愛校心 親切 親切,感謝 思いやり 親切,奉仕 基本的生活習慣,家族愛 勇気,親切 感謝 礼儀,感謝 礼儀 礼儀,感謝 思いやり 動物愛護 家族愛 家族愛 信頼友情,生命尊重 思いやり,生命尊重,動物愛護 思いやり,生命尊重,動物愛護 家族愛 思いやり,感謝 親切 友情 夢,努力,感謝 家族愛 公徳心 家族愛 思いやり,親切 思いやり,友情 公共の福祉 年齢:40代 性別:女性 職業:公務員 住所:東広島市 ある日,いつもは,私の横でぬいぐるみを抱えて一緒に寝る小学1年生の娘が,違う部屋で寝ると言い出した。 娘はインフルエンザに罹っており,前日までは,夜になると高熱にうなされ,私の体に,がしっとしがみついて寝ていたのにである。 どうしたのかな,嫌われちゃったのかな。 と母としては何となく複雑な思いを抱きながら数日が経過した。 インフルエンザも快方に向かっていたころ,「私と寝るのが嫌になったんかね。 」とつぶやくと,主人が,「『お母さんにうつしちゃいけんけえ』って言ってたよ。 」と教えてくれた。 家族で,私だけがインフルエンザに罹っていないのを気にかけての行動だったとのこと。 まだまだ,ぬいぐるみを手放せない1年生が,私の身体のことを気遣ってくれていたことに驚き,娘の優しさとともに成長を感じることができた。 今では,娘も元気になり,いつものように,ぬいぐるみを抱えて一緒に布団に入る日々が戻ってきている。 年齢:40代 性別:女性 職業:公務員 住所:三原市 「辞めたいなら辞めればいい ただ・・・辞めたら夢は叶わない 天才でないのなら 『努力の天才』であれ 達成できたら『世界』が変わる 夢が叶うと 自分の何よりも大きな武器となる」 これは我が家の洗面所に貼られたレポート用紙の言葉である。 長男が高校2年の春に書いた言葉。 おそらく友達や先生,書籍からのキーワードだと思う。 自問自答しながら大学受験を経験し,この冬,無事に成人式を迎えた。 今もなお,悪戦苦闘しながら夢に向かって頑張っているようだ。 今では変色し,ぼろぼろになったレポート用紙ではあるが,いつしか我が家を支える言葉となった。 私自身,毎朝,毎晩目にすることで,エールを送りつつ,自問自答している。 長男が日々自問自答したように。 年齢:10代まで 性別:女性 職業:学生 住所:広島市 最近,私は帰りの会の時に,となりの席の子にばんそうこうをあげました。 いつもは注意をされるだけであまり話はしないけれど,あの日は笑顔でいろんな話ができたし,いっぱい話しかけてくれました。 楽しいし,友情が深まってきたような気がしました。 4月に3年生になったら,同じクラスになって,一緒にしっかり者の二人になりたいです。 年齢:30代 性別:女性 職業:公務員 住所:広島市 自分は身体障害者。 なんとか一人,自立生活を送っています。 一人,買物に出掛ければ,見知らぬ人が私を笑う。 心無い声,目があり,外出を控えるようになりました。 つい最近,親戚の食事会に呼ばれました。 手土産を準備し,いざお店へ。 足場の高さ,椅子に座ること・・皆には日常風景。 私には難問が待ち受けます。 そんな私に,「足台もらおうか?」「座れる?」の声。 当たり前のように聞こえてしまう,この一言や心遣いが何よりうれしかった。 市内の道では,嫌がられる私。 隅に座る私に,「隣に座る!」と姪が言ってくれる事にも感謝した。 家族に頼ってばかりなので,負けずしっかりしないといけないなと感じました。 年齢:10代 性別:男性 職業:学生 住所:三次市 前を歩いていた人が,何か落とした。 よく見ると,ボロボロになったキーホルダーだった。 周りにも人がいたけど,通り過ぎて行く。 僕は拾おうか放っておこうか迷っていたけど,手にはボロボロのキーホルダーが握られていた。 見ると予想以上にボロボロだった。 どうしてこんな物を付けていたのかというくらいボロボロだった。 僕は落とした人に声をかけ渡した。 こちらが驚くほどお礼をされた。 すごく頭を下げられたので,恥ずかしいくらいだった。 届けたのは僕だけど,何か大事な物を送られた気がした。 年齢:40代以上 性別:男性 職業:公務員 住所:三原市 広島は7月の豪雨によって多くの被害を受けました。 山陽本線も不通となり,2ヶ月近く新幹線による代替輸送が行われました。 その間、仕事帰りの新幹線は大混雑で、さながら通勤ラッシュの満員電車のような状況でした。 座席に座ろうと思えば、30分近く前から並ばないといけない状況が続いていました。 そういった通勤を続けていた夏の暑い日のことです。 その日も、帰りの新幹線の広島駅のホームは帰宅する人でごった返していて、猛暑でみんな汗をダラダラと流しながら新幹線の到着を待っていました。 そのため,少し殺伐とした雰囲気もありました。 なんとか座って帰ろうと私も30分近くホームに並んで待ちました。 やっと新幹線が到着し,車内に入って座ることができてほっとしていたところ,普段は新幹線を使っていないだろう,小さい女の子とそのおじいさんと思われる2人が乗ってきました。 2人は普段の新幹線ではありえないような大混雑にとまどっているようでしたが,座ることはできず,車内の通路に立つことになってしまいました。 小さな女の子もおじいさんに「ここに立っていよう。 」と言われ,とまどいつつも立っていようとしていました。 座ってほっとしていた私は,譲った方がいいなとは思ったのですが,3人席の一番奥に座っていたため,どうしようかなと逡巡していたところ,近くの男性が,なんのためらいもなく,「どうぞ、座ってください」と譲られました。 私はその光景を見ながら,座られていたということは,おそらく暑い中,何十分もホームに並ばれていたと思われるのに,何のためらいもなく譲れる姿に,暑い日でしたが,爽やかさを感じました。 また,ためらわなかったことで,女の子にもおじいさんにも必要以上の恩を着せるということがなかったようにも思いました。 私も,相手に負担や重荷を背負わさないような思いやりを届けるようになりたいなと思いました。 年齢:40代以上 性別:男性 職業:教職員 住所:広島市 平日の朝,バスに乗って仕事に向かっていた時のことです。 その日は蒸し暑く,雨が降りそうな天気であったため,バスは傘を持ったたくさんの通勤,通学をする人達で満員でした。 道路も車が多く,時刻表通りにバスも進んでいませんでした。 「このままだと予定より遅い到着になりそうだな。 」と私には少し焦る気持ちがあり,周りを見てみると,時計を何度も見ている乗客もいました。 終点まであと少し,というバス停で,何人かがバスを降りていきました。 運転手さんがドアを閉めようとした時,急にドアの近くに立っていた一人の男子学生が,運転手さんに話しかけていました。 「また到着が遅れないか。 」と思った時,その学生はバスを降りて行きました。 バスは停まったままで,ドアも開いたまま。 何かあったのかと車窓からその学生を探していると,先ほど降りた人に,学生が傘を渡しているのが見えました。 私以外にも,乗客の多くはその姿を見ていたと思います。 すぐに学生は戻ってきて元の場所に立ち,バスはまた出発しました。 私と親子ほどの年の差のあるその学生が,すぐに行動できる心の持ち主であることに,私は感心させられました。 その後は,蒸し暑かった車内も心なしかさわやかになり,他の乗客の人たちの表情も和やかだった気がしました。 朝から元気をもらうことのできた一日でした。 そして,元気をあげられる人になろうと思いました。 その学生に感謝したいです。 年齢:40代 性別:女性 職業:会社員 住所:三原市 先日,ある県立高等学校で生徒さんの発表を見る機会をいただきました。 3年生の生徒さんが,自分たちが設定した課題について研究し,その内容を全校生徒に向けて発表するというものでした。 6つのグループの発表を聞かせてもらいましたが,どのグループも課題の解決に向けていろいろなデータをもとに考えたことを堂々と発表していて,今,ニュースなどでよく聞く,アクティブラーニングを行われているのだなと感じました。 もちろん,発表した生徒さんもすばらしかったのですが,それよりも感動したのは,会の司会を生徒さんがされていたこと,そして,発表を聞いていた生徒さんの態度でした。 発表を静かに聞いていたのはもちろんのこと,休憩の間,騒がしくしていても,司会の生徒さんが「次の発表を行います。 静かにしてください。 」と言った途端,一瞬にして静まります。 公と私の切り替えの大切さ,発表者への敬意が感じられましたし,先生方から怒られるとか,押し付けられてやっているわけではない様子から,心も育てられているのだと思いました。 若い世代のモラルが身についていないとよく言われますが,清々しい生徒さんたちの姿を見ると,私たちの世代もがんばろうという元気がでました。 ありがとうございました。 年齢:60代以上 性別:男性 職業:その他 住所:三原市本郷 ある朝のことです。 私は,7時過ぎに家内に頼まれて家庭ごみの「ごみ袋」を持ち,町内会のゴミステーションへ向かいました。 前方から小さい子どもさんがゴミ袋を持ってゴミステーションに向かってきていました。 私は手を挙げて,「おはよう。 寒いね。 」と言ってあいさつをしました。 ゴミステーションに着くなり,その子どもさんは,「おはようございます。 」とあいさつをし,ゴミステーションの扉を開けてくれました。 そして,私がゴミ袋を入れるのを待って扉を閉めてくれました。 私は,「あなたは大変いいお子さんだね。 」「よくお手伝いができるね。 」と言ってその子を褒めてあげました。 私は,同じ町内会にこんなによい子どもさんが・・・と感心しました。 面識のない高齢者の私に,礼儀正しくあいさつをし,早朝,寒い中にもかかわらず,こんなお手伝いができる立派なお子さんです。 私はただただ感心させられました。 最近,本郷小の児童は「大変良くあいさつができる」と地域の人から褒められていますが,今朝は,その言葉を実感しました。 好感の持てる,善良な小学生さん,ありがとう。 年齢:60代 性別:男性 住所:竹原市 ここ数年,忠海学園へお邪魔して総合的な学習の時間のお手伝いをしている。 子供達と一緒に,地域の歴史・文化・自然を学びながら「『忠海』の宝もの探し!」をしている。 子供達は,おじいちゃん,おばあちゃん達にジュニア観光ガイドをしたり,自作の観光パンフレットを片手に駅前でお客様へのアピールを企画したりしている。 時には「マイネーム イズ・・・」なんと,英語で外国人にトライしたり・・・子供達の新鮮な視点や,純真な気持ちに支えられて取り組んでいる。 そうこうしているうちに,仲良しになった子供達から,街角で,あちらこちらで 「あっ!しんもとさんじゃ!」 「こんにちは!」 と声をかけられるようになった。 ちっちゃな手を精一杯振りながら,時にハイタッチ!つい乗ってしまった自分に赤面したり。 子供達との学習を終えるにあたって,いつも次のようにお願いすることにしている。 「皆の夢は?なあに?ずっと忠海にいる人はいるかな?どうだろう? 皆と宝もの探してきたね。 一つでいいよ!宝もの大切にしてね。 ときに,その宝ものを思い出したら,宝ものに会いに帰っておいで! その時,白い髪した腰の曲がったおじいちゃんがぼそぼそ歩いていると思う。 多分,それは私だよ!『しんもとさん』と声かけてね! みんなが大人になっても,宝もののお話ができる! それを楽しみにして頑張っているけんね!」 それにしても,あと20年?! 元気に頑張っておれるかな。 年齢:50代 性別:男性 職業:教職員 住所:安芸高田市 先日体育館で行った,学校朝会での出来事である。 学校朝会では,最初に校長が全校生徒に向けて話をしたり表彰式を行ったりしている。 それが済んだ後は,学年ごとに分かれ,健康観察や担任からの指示・伝達が行われる。 それらが終われば,学年ごと解散となるので,生徒たちは体育館の出入口に向い,各学級のある校舎へと移動する。 その日の学校朝会では,3年生が1番早く終了し,体育館の出入口にある下駄箱に向かって足早に移動を始めた。 そんな時,ある3年男子生徒のとった行動は,私自身を不可解にさせるものであった。 その行動とは,体育館の出入口に1番遠い場所で解散するや,その場で自分の履いていたシューズを脱ぎ,手に持って移動を始めたのである。 これが夏の時期であれば,体育館の出入口が混雑するのを避け,少しでも早く下駄箱に自分のシューズを置きたいための行動か,と想像できなくもない。 しかし,時期は11月も終わりを迎え,体育館フロアーの冷たさも足に堪えようかという寒い時期である。 そこで彼に尋ねてみた。 「なぜ,そんなに早くシューズを脱いで移動したの?」と。 すると彼の返事は,私の予想した考えを,根底から覆すものであった。 「まだ朝会が終わっていない学年があったので,音をたてないようにと思い脱ぎました。 」という応えだったのである。 シューズのかかとを踏んで歩く生徒を,これまで度々注意することはあったが,逆に今回の出来事は,そんな浅はかな自分自身の考え方を反省するとともに,子供たちの持っている素直で純粋な気持ちに触れ,心が温かくなる朝の出来事となった。 年齢:50代 性別:女性 職業:教職員 住所:世羅町 10月に世界陸上400mハードルの銀メダリスト為末大さんによる「走り方教室」を開催しました。 為末さんがハードルを跳ぶ姿を間近で見るとともに,走り方について,楽しく,具体的に学ぶことができました。 本物の姿から学ぶ大変貴重な学習の場でした。 実際に走り方を指導していただいた後,質問タイムがありました。 6年生の児童が,「失敗した時,どうしていますか。 」という質問をしました。 すると,「大きな失敗は,オリンピックの時に転んだことだった。 気が付いたら,空が見えていた。 そして,予選落ちしてしまった。 その時にとても落ち込んだが,ふと,よく読んでいた漫画の主人公のことを思い出した。 どの漫画の主人公にも必ずピンチが訪れる。 そして,ピンチを脱出できている。 だから,自分もこの後結果を出したら,とてもかっこいいストーリーになるのではないか。 こう思い直して頑張ることができた。 」という内容の答えが返ってきました。 誰にでも失敗はあります。 それを自分なりの方法で乗り越えてきた為末さんのお話は,子どもたちだけでなく,聞いていたみんなの心に響きました。 失敗の乗り越え方は人それぞれです。 子どもたちは為末さんからいいヒントをもらうことができました。 年齢:40代 性別:女性 職業:会社員 住所:東広島市福富町 住んでいる地域の道路に,冬になると日が当たらずカーブミラーに霜がついて,全然見えなくなる場所がありました。 歩道はありますが,幅が狭くてカーブもきつい場所で,前方の確認や離合をするのに不便を感じていました。 ある日の朝,いつものように車を走らせていたところ,ミラーに霜がなく,見えやすくなっていました。 その日からは,毎日見えやすい状態のミラーになり,近所の人たちとも「最近あそこのカーブミラー見えやすくなったよね。 」と話し合っていたある朝のことでした。 たまたま,早出をしてその場所を通りかかると,通学途中の中学生が,歩道に自転車を止めてミラーを拭いていてくれていたのです。 「おはよう。 ありがとう。 」と声を掛けると「おはようございます。 」と元気な挨拶が返ってきました。 感謝の気持ちと,お互いの交通安全を願う優しい気持ちに満たされたできごとでした。 年齢:30代 性別:女性 職業:自営業 住所:東広島市福富町 私たち夫婦が今暮らしているところに越してくる前に住んでいたのは、ご近所同士のかかわりが希薄な地域でした。 引っ越してきた当初、犬の散歩をしているときヘルメットをかぶって自転車に乗った中学生から何か大きな声をかけられました。 前に住んでいた地域での生活に慣れていた私は、大きな声をかけられたことに驚き、また広島弁のイントネーションのため何を言われたか聞き取れず、身構えてしまっていたと思います。 それから同じように声をかけられるけれど聞き取れないということが続きましたが、一週間ほどたったとき、ようやく「ただいま帰りました。 」と言ってくれていることが分かりました。 何日も身構え、不審そうな視線を送り、言葉も返さない私なのに、中学生は元気に毎日挨拶をしてくれていたんだということに気付いたとき、驚き、感動したことを今でも覚えています。 「ただいま。 」という当たり前の言葉が、当たり前に交わされている地域のすばらしさを実感したのです。 そして、私たちの子どもが中学生になった今、ご近所の方から「息子さん、毎日遠くからでも元気に挨拶してくれるよ。 」と言われるようになりました。 当たり前の挨拶を当たり前にできるこの地域に、暮らしていることを、改めて良かったなと感じているこの頃です。 年齢:30代 性別:男性 職業:教職員 住所:江田島市 (生徒の日記)「今日,音楽で合唱練習をしました。 みんなだいぶんやる気が出てきました。 練習の時,リーダーが細かい所を指摘してくれました。 僕は,こんなリーダーは,どこのクラスにもいないと思います。 放課後も,リーダーが集まって話をしていたのですごいと思いました。 僕は,こんなリーダーをもって幸せです。 だから,リーダーをしっかり信じて,みんなで最優秀賞をとりたいです。 リーダーのためにも!」 (日記を読んで感じたこと) これまで,リーダーは,苦しいことや辛いことが多かったかもしれませんが,彼らの努力が報われた瞬間だと思いました。 仲間に想いを伝え続ける大切さを改めて感じるとともに,その想いに応えようとする生徒の姿に感動しました。 生徒達は,遅かれ早かれ必ず社会に出ます。 社会に出ると,否応なしに他者との連携を求められます。 一つの目標に向かって,自分が全力を出すとともに仲間を気遣う経験や共に高め合う経験が,この時期の生徒達には,不可欠だと思っています。 たかが合唱。 されど合唱。 合唱は,生徒達のこれからの生き方,全てに通ずると思います。 合唱の好き,嫌いはあっても仕方がないと思います。 しかし,一所懸命になることに,好きも嫌いも関係ありません。 本番では,自分の持っている力を100%出して欲しいと思います。 合唱コンクールの目標は,最優秀賞をとることですが,目的は違います。 合唱コンクールを終えたときに,全員が目的を達成していて欲しいと思いました。 年齢:30代 性別:男性 職業:公務員 住所:広島市 祖母が要介護3の認定を受け,入所できる介護施設が見つかり,8月12日に入所しました。 大好きな祖母だけに,施設への入所には,複雑な思いがありましたが,介護で疲れ果てた母親の姿を見ていたら,仕方ないことだと諦めました。 施設入所の為に,祖母の家の荷物を整理したら,軽トラック2台分あり,我が家の駐車場で保管しました。 祖母は大分の資産家の娘だと聞いていたので,荷物からお宝が出てこないかと興味本意で探ってみました。 残念ながら,私が期待した宝物は出てきませんでした。 しかし,荷物の中から,祖父が祖母に当てた手紙が100通ぐらい出てきました。 読んでいいものなのかと躊躇しながら,自分が生まれる前に亡くなった祖父がどのような人だったか興味がわいてきたので,どんなことが書かれているのか読んでしまいました。 なんと手紙は,祖父が祖母への熱い思いを綴った恋文でした。 読んでいくうちに,祖父と祖母は親に結婚を反対され,駆け落ちをして一緒になったことが分かりました。 厳しい環境の中で,祖父母の強い愛情や互いの絆の強さが書き記され,当時の様子を想像しながら読んでいくうちに,胸が熱くなりました。 手紙の中に仕事のことや,祖母に贈った詩などがあり,祖父は誠実でロマンチストだったのだと嬉しくなりました。 まるで,朝ドラになりそうな内容でした。 祖母は,その手紙を全て大切に保管していたのです。 今は,メールで気軽に相手に思いを伝え,簡単に削除しています。 祖父の一文字一文字に込めた祖母への強い愛情を今でも大切にしている祖母の思いを考えながら,私自身の生活を振り返り,「もっと頑張らないといけないなあ」と自分自身が情けなくなりました。 興味本意で探したお宝でしたが,私の心に素晴らしい宝物が届けられました。 お盆の祖父の墓参りで,宝物への感謝とともに,祖母を見守り続けるから安心してほしいこと,そして,祖父母に恥じない生き方をすることを誓いました。 年齢:40代 性別:女性 職業:教職員 住所:庄原市 毎年,運動会で5・6年生はエイサーを踊ります。 エイサーとは,歌と囃子にあわせて踊る沖縄の伝統芸能のひとつです。 「なぜ,運動会でエイサーをするのかわからない。 他のものをしてほしい。 」3年前は,そんな声があったそうです。 戦後70年を過ぎ,ヒロシマ,ナガサキ,そしてオキナワについて,そしてエイサーを踊ることの意味について子供たちと共に考えました。 エイサーの衣装は,これまでの先輩が卒業制作で縫ってくださったものだということも分かりました。 これまでの先輩たちが踊り,つないできたエイサーだからこそ踊りたいと,熱い思いで子供たちは踊りました。 その翌年の運動会では,卒業した子供たちから「アンコール」の声があがり,5・6年生だけでなく,卒業生も,在校生も,保護者も地域の方も入り混じり,大きな円になってエイサーを踊りました。 踊る人も見る人も,笑顔や手拍子であふれ,みんながひとつになって楽しんだエイサーでした。 そして,今年の運動会でも,アンコールの声に押され,エイサーは地域の方からも必要とされる学校の伝統となりました。 今年の夏,全校児童に参加を呼びかけ,地域の盆踊りでもエイサーを踊りました。 あの伝統のエイサーを踊りたい,見たい…と,楽しみにする人もたくさんおられます。 飛び入りでも踊れる,誰もが笑顔になれる伝統のエイサー。 今年もまた,エイサー太鼓の音色と共に,児童と地域がひとつに盛り上がった瞬間でした。 年齢:50代 性別:男性 職業:教職員 住所:東広島市 「地域に感謝」 自然に恵まれた環境にある本校にとって,5月末の運動会に備えての草刈り作業は,欠かせないPTA行事です。 週末に作業を控えた月曜日の朝,学校に来ると運動場の外周に草刈りを済ませた斜面が広がっていました。 聞いてみると,「週末の奉仕作業当日にできないので」という理由で,1週間前の休日に作業をしてくださった保護者がおられたのです。 また,小規模校である本校では,全児童が当日の作業に参加しました。 そして,PTA会員以外にも,住民自治協議会から力強い応援団が加わってくださいました。 学校が大切にされていることを感じた出来事でした。 「純真な子ども達」 梅雨入り後も好天が続いた6月中旬の午後,草花を手にした1年生数人が,走って教室に入って行きます。 「廊下や教室では走ってはいけません」と注意すると,「のどが渇いているので,お水を飲ませてあげる」と言いながら,ペットボトルを持って流しに走る子どもたち。 教室には,お水を飲ませてもらった草花が嬉しそうに並ぶペットボトルの花壇ができました。 子どもの純真さに,心が洗われた出来事でした。 「若者の親切」 梅雨らしくなった蒸し暑い6月下旬の夕方,広島駅発の上り列車はダイヤが乱れ,帰宅を急ぐ人で首都圏並みに混雑していました。 列車の揺れに吊り革がきしむ音,駅に着くたびに出口に押し出される人の波。 30分あまり我慢してやっとホームに降りると,制服姿の高校生らしき若者が,乳母車を持って人の波を避けていました。 後ろには,赤ちゃんを抱っこして,若者に頭をさげ,語りかけている母親の姿がありました。 その後,その高校生らしき若者は,乳母車を持って改札口に向かって階段を上り,母親は赤ちゃんを抱いて一緒について行かれました。 私は,若者のお蔭で,ダイヤの遅れや混雑を忘れて気持ち良く家路に着くことができました。 若者の親切で,イライラした周囲の人まで気持ちよくなった出来事でした。 年齢:30代 性別:女性 職業:教職員 住所:東広島市福富町 休憩時間のことです。 子どもたちと話していると,草刈り機の音が聞こえてきました。 その日は,地域の シルバーさんが学校の周りの草を刈ってくださる日でした。 窓の外を見てみると,学校近くの子どもたちもよく遊ぶ丘の斜面を刈ってくださっているところでした。 あんな所までありがたいなと思って見ていると,「どんどんきれいになりよる!」「すごい!」と子どもたちも窓のところに集まってきました。 そして,1人の子が突然「ありがとうございまーす!」と叫ぶと,周りの子たちも次々に「ありがとうございまーす!」 と叫び始めました。 校舎からは少し遠かったので,声が届いたかどうかは分かりません。 でも,きっと子どもたちの思いは届いたのではないかなと思います。 刈ってくださることを当たり前と思わず,自分たちの心からの「ありがとう」を伝えようとする子どもたちの姿に,私の心も温まりました。 年齢:50代 性別:女性 職業:その他 住所:県内 例年よりも暑く感じたゴールデンウィーク,尾道市瀬戸田町で尾道行きのバスを待っていると,反対側から自転車に乗った男の子が一生懸命ペダルをこいでこちらに来る姿が見えました。 (野球部の練習に行くのかな,暑い中頑張るんだな)と思いながら見ていると,ちょうどバス停の前のあたりで自転車を止めてこちらを見ると,かぶっていた帽子をとって「こんにちは!」と大きな声であいさつをしてくれました。 私は少し驚きながら「こんにちは」と返すと,男の子はまた帽子をかぶり自転車をこいで向かっていきました。 あいさつをする子供たちによく出会うようになりました。 尾道の子供はよく挨拶をしてくれるのですが,こうして自転車から降りて,帽子を取って挨拶をしてくれた子供さんにあったのは初めてでした。 ご家庭でのしつけなのか,学校かクラブでの指導なのかわかりませんが,バスに乗った後もしばらくその姿が頭の中に浮かび,気持ちよい行程となりました。 これからも車には十分に気を付けて,元気で自転車に乗って野球の練習に励まれることを祈っています。 年齢:40代 性別:女性 職業:教職員 住所:廿日市市 先日行った学習発表会後,保護者の方から多くの感想を寄せていただきました。 その中から,本校の道徳教育で大切にしている「いのち・つながり」に関係する子供の成長を紹介します。 ・人前で発表することは苦手だったのですが,よく頑張っていたと思います。 他のお友だちに助けてもらいながらだったようで,嬉しく思いました。 ありがとうございました。 ・自分の思い通りのことができない時でも,みんなと合わせることができていたなと思いました。 ・みんなで力を合わせてがんばったという思いが伝わりました。 今日は「~君,~ちゃんが,~できたんよ!」と家でもよく教えてくれていたので協力し合う事を学べたと思います。 ・毎日のように「上手くいかんのよ。 」「今日は入る所がなかなかできんかった。 」など,その日その日をふり返り,よく話してくれました。 それだけでも,受身でなく自分のパートに責任を持って取組む姿勢に嬉しく思いました。 ・どの学年の発表にも「よかった!」「声がよく聞こえた」など感想を伝えてくれました。 自分たちの発表も「ただ観て!!」というだけじゃなく,「今回はこんなことを頑張ってみたよ。 」など教えてくれました。 1つ学年が上がるごとに成長するんだなと,つくづく思いました。 道徳の時間をはじめ,学校教育活動全体を通して「いのち・つながり」を大切にして取り組んできたことが,子供たちの成長にしっかりとつながっているようでとてもうれしく思いました。 年齢:40代 性別:女性 職業:その他 住所:東広島市 娘の中学校の文化祭では,毎年,合唱コンクールを開催しています。 各学年で,課題曲を1曲披露した後,各クラス自由曲を1曲披露し,歌声を競い合うものですが,3年生の娘は,合唱部に所属しており,クラス合唱は歌声でがんばろうと意気込んでいる様子でした。 練習が本格的になってきたある日,担任の先生から,突然,合唱コンクールのピアノ伴奏をしてほしいと話があったそうです。 ピアノ伴奏に決まっていた別の生徒さんが,コンクール当日までに弾けるようになる自信がないということで,その母親の方からピアノ伴奏を辞退したいという話があったそうです。 娘は,「大丈夫かなあ,わたしにできるかなあ。 」と思ったそうですが,断ることもできず,とりあえず引き受けることにしたそうです。 娘が不安に思った理由は,これまで,あまりピアノの練習に真剣に取り組むことがなく,なんとなく,続けていたということもあり,合唱のピアノ伴奏を頼まれるようなことは,考えもしないことだったからだそうです。 娘から, 「合唱コンクールのピアノ伴奏をすることになった。 」 と伝えられた時,私は, 「今から練習しても,間に合わないと思うよ。 大丈夫?先生にお願いして,自分のクラスだけはピアノ伴奏をする人がいないから,先生に弾いてもらうということはできないのかなあ?本当に大丈夫?」 と思わず言ってしまいましたが,娘からは, 「間に合うかどうかは自信がないけど,自分がやらなければ,だれもできないから,なんとかする!」 と少し強く返事が返ってきました。 娘は,それから毎日,学校から帰ってから,少しずつですが一生懸命練習を始めました。 いつもは,ピアノの練習はレッスンのある日にほんの少しだけ弾いているだけでしたが,毎日ピアノの前に1時間程度座って,集中して練習する娘の姿がありました。 実は,娘は,日頃の学校の宿題もだらだらとする習慣となっており,その日の内に終えることができず,朝,出がけに急いですることも少なくなかったのです。 けれど,そんな日々の宿題も,その日の内に終わらせ,ピアノの練習の時間も確保することができていました。 ピアノ伴奏の話をもらってから,約1週間で,一通り伴奏が形になっていました。 これまでの娘からは考えられない状況です。 私が,「すごいねえ!とても短い時間で,よくここまで弾けるようになったねえ。 」とほめると,娘は,「大丈夫!」と自信をもって答えてくれました。 合唱コンクール当日,娘は,途中で止まったりすることなく,スムーズに演奏することができました。 また,クラスの合唱もみんなの心が一つとなり,達成感を感じられるような合唱となり,その結果,合唱コンクールでは,娘のクラスが最優秀賞となりました。 合唱コンクールで最優秀賞となったクラスは,2週間後に市内で開催される市内音楽会へ,学校の代表として出場することとなっています。 ですから,娘のクラスは,市内音楽会へ出場することとなったのです。 娘は,できないかもしれないと思っていた伴奏をやり切ることができたこと,クラスに貢献できたことで,達成感でいっぱいになっていたようです。 そして,もう一つ,娘にとって,うれしいことがありました。 クラスの合唱に対する表彰以外に,指揮者及びピアノ伴奏者に対する賞が各学年で決定するのですが,娘は,なんと3年生のベストピアニスト賞に選ばれたのです。 これも娘の大きな自身につながったようです。 2週間後の市内音楽会では,自由曲だけでなく,課題曲も披露することとなっていました。 娘は,まさか自分のクラスが最優秀賞に選ばれるとは夢にも思っていなかったので,課題曲を全く練習していませんでした。 私は, 「今度こそ,間に合わないんじゃないの。 先生に相談したほうがいいのでは?」 と娘に言いましたが,娘は, 「大丈夫,頑張る!」 と自信をもって答えてくれました。 その日から,合唱コンク-ルのときよりもさらに一生懸命,娘は練習に打ち込んでいました。 市内音楽会は,大きなホールで行われ,市内の各学校の代表が集まって盛大に開催されました。 娘は,とても緊張していましたが,2週間で仕上げた課題曲と自由曲の2曲の伴奏を弾き切ることができました。 娘にとってもクラスのみんなにとっても,中学校生活の大切な思い出となったそうです。 先日,娘は先生から卒業式の歌の伴奏を頼まれたそうです。 家族のみんなから, 「大丈夫?今度こそ,断った方がいいんじゃない?」 と言われていましたが, 「私,やるの。 自分で決めたんだから。 」 ときっぱりと答えていました。 娘は,中学校最後の文化祭という一つの行事を通して,やればできるというとても大きな自信がついたようです。 これは,先生が娘を信じて声を掛けてくださったことがきっかけでしたが,娘も先生や友達の期待や応援に応えようと一生懸命がんばったからこそだと思います。 私も娘の力を信じてこれからも応援をしてやりたいと思います。 年齢:50代 性別:男性 職業:教職員 住所:北広島町 14日(土曜日)から15日(日曜日)にかけてたくさん雪が降りました。 翌日の16日(月曜日),地域の方から次のような電話をいただきました。 昨日(15日),家の周辺の除雪をしていたら,3年生のN君がスコップを持ってきて「除雪を手伝いましょうか?」と声をかけてくれました。 聞くと,我が家に来る前に,近くの80歳代のおばあちゃんのところの除雪を終えてきたということでした。 我が家は自分達夫婦でできるので,「隣の90歳代のおばあさんのところへ行ってあげて」とお願いしたら,快く行ってくれ,そのおばあさんも大変喜んでおられました。 挨拶も気持ちがよく,家庭はもちろん,日頃の学校での指導もいいのだろうと思い,連絡をさせていただきました。 先生方によろしくお伝えください。 という内容です。 雪が降ると子供は大喜びですが,高齢者にとっては除雪作業が大変です。 そんな中で,自ら進んで地域の高齢者のため,人のために働けるのは本当に素晴らしいなと思います。 「今だけ,金だけ,自分だけ」の人が多いと言われる中にあって,こういう生徒が本校にいることを誇りに思います。 小さなことでも人の役に立ったり,周りが喜んでくれたりすることが普通にできる生徒をどんどん増やしていきたいと改めて思いました。 年齢:10代 性別:男性 職業:学生 住所:北広島町 私は高校で生徒会長になってから,学校や地域に貢献するために一生懸命活動してきました。 おもに力を入れたのが,過疎化・少子高齢化が進む地域の活性化に関わることです。 私の住む町は,若者が都市へ出ていくことで,過疎化が進んでいると考えられます。 私は地域の魅力を高めるため,生徒全員に呼びかけ,様々なボランティア活動を進めてきました。 学校周辺の道路清掃や,小中高合同の清掃活動,花を植えたプランターを配布する活動などが認められて,広島県からアダプト活動の認定を受けました。 さらに,地元中学校から本校への進学者を増やし,将来若者を地元へ定住することにつなげる取り組みの1つとして,中学生への学習支援,出前授業として化学の実験指導も行いました。 これら多くのボランティア活動により,生徒全員の地域への興味・関心は高まったと思います。 私は,過疎化・少子高齢化に関して先進的な取り組みを行っている大学で学ぶことで,私の住む町のような過疎地域への対策,地域活性化の方法について考え,貢献していきたいです。 年齢:50代 性別:男性 職業:教職員 住所:東広島市 本校では,夏季休業中に,「私たちの道徳」を保護者の方に読んでもらったり,親子で読んで話し合ったりしてもらいました。 また,地域の方にも読んでいただき,生徒にメッセージを寄せてもらいました。 保護者や地域の方にお寄せいただいた感想は,学校だよりで紹介したり,総合文化部の生徒が掲示用にまとめたものを玄関に掲示したりしています。 まずは大人が読んでみるべきと思いました。 久しぶりに涙が出ました。 子供たちにしっかり読んでもらいたいものです。 Aさん,Bさんのそれぞれの気持ちを考えてみよう,そんな課題が特に苦手と聞いていました。 中学生になって,道徳の授業がある日だけ「今日はこんな話で,こんな風に,クラスの人が,先生が,こんな話をして意見が出て,ああ,そうなんだ…って思ったんよ」と子どもの口から話してくれる機会が増えました。 道徳の授業を嫌がらなくなり,毎回先生が替わって色々な話を聞けるのも,子供には楽しみでであり,発見の場となっているのだなと感じています。 他者の気持ちを察すること,自身を振り返り,自分を好きになること,反省し進むこと,道徳からはたくさんの学びがありますね。 このことが文科省の道徳本に載っていることは実に良いことである。 人間以外にも動物,一輪の花にも「命」がある。 私は毎年秋桜を描き秋風に揺れる花を眺めるとき秋の風情を感じます。 僅か3mm位のコスモスの種が大きく成長し花を咲かせる。 この小さい命の種が人々の心を和らげてくれる。 命の尊さを強く感じる。 中学生の人も「我が人生悔いなし」を目標に自分の命を大切に生きていって欲しいと願っています。 本校の校門前には車道があります。 朝は,人よりも車のほうが多く通り過ぎます。 「通るのは車ばかり…」「どうせすぐに通り過ぎる」「どうせ車の中の人には聞こえない」「どうせ知らない人ばかり」「だから挨拶なんかしたって無駄!」 『どうせ…』,『どうせ…』と思うと,ときとして正しい心が別の心に取って代わろうとします。 「地域のために役立ちたい」という思いから始めた挨拶運動です。 朝は人よりも車の多い時間帯であるだけに,賛否意見を交わし合い決めた挨拶運動でした。 「確かに,車の人には聞こえないかもしれない」 「でも,どうせあいさつするのなら,大きな声ではっきり口をあけて,丁寧におじぎをしよう!」 「みんなで決めた取組だ。 どうせやるなら,笑顔で車の中の人の心にも届く挨拶をしよう!」 「どうせ」という言葉は不思議な言葉です。 「どうせ」とあきらめかけたり,一歩踏み込めず躊躇したりする気持ちがあっても,前向きの一歩の「勇気」さえあれば,「挑戦」の心を引き寄せ,ときには「感動」を連れてきたりもするものです。 そのことを筒賀中の生徒たちが実証してくれました。 巻き上がる砂ぼこりのなか,生徒たちは挨拶を続けていました。 「このごろ筒賀中の生徒の挨拶はとてもええよ。 そのせいか,車の中から挨拶をかえす人が増えてきたんですよ」「はじめは,こうした光景は見かけんかった」 「校門近くになるとスピードを緩める車もあるんよ。 そして,車の中から生徒さんたちに『おはよう』と挨拶される。 こっちにも声は聞こえんが,そのように口が動いとるけえわかるんですよ」 「また,それに対して生徒さんのほうも,笑顔を返しながら『ありがとうございます』と頭を下げとるんです。 その方との話を教頭が嬉しそうに私にしてくれました。 おかげで生徒たちは,入学前からもその方に見守られ,励ましの声かけのなか,大きな事故にあうこともなく元気に登校することができています。 本当に感謝でいっぱいです。 毎朝,挨拶をつづける生徒たち。 彼らの挨拶の声は,聞こえないはずのドライバーの心に届いていました。 車を減速し挨拶を返していただいた方にも感謝です。 その方の「大人としてのマナー」は,本校生徒の心に印象深く残ることと思います。 ありがとうございます。 「真心こめた挨拶」は,人の心も動かしていくのだと生徒たちが教えてくれました。 「たかが挨拶。 されど挨拶」筒賀中生徒たちに「感動をありがとう! 」と言いたい。 校内での「立ち止まって挨拶」の運動と,校門だけでなく小学校前での地域や小学生に対する挨拶運動への拡大案でした。 我々教師は,こうした「地域のために役立ちたい」「私たちに何かできませんか」という生徒たちの熱い思いを精いっぱい応援していきたいと思います! 年齢:10代 性別:女性 職業:学生 住所:尾道市 私の学校では五年生になると,校区内にあるお店などで職場体験をします。 私は,将来の夢がパン屋さんになることなので,パン屋さんで職場体験をさせてもらいました。 店長さんや従業員の皆さんのおかげで,緊張していたけれど,とても楽しく仕事ができ,あっという間に二時間が過ぎました。 その中で私が学んだ事は三つあります。 一つ目は,お客様のために工夫している事がたくさんあるということです。 例えば,私が最初にさせてもらった袋の準備です。 お客様がいそいでいる時など,パンを早く袋に入れる事が出来るようにというお店の人の優しさだと思いました。 お客様を第一に考えるということを学びました。 二つ目は,普段私が何気なく見ている物でも,お店の人が一生けん命がんばっておられるのだという事です。 例えば,私がおさせてもらったお店の名前のハンコもその一つだと思いました。 お店で売られているパンがこのお店の商品だということを分かってもらうためにおしています。 私は,ハンコをおす前は,おすだけでかんたんそうだと思っていたけれど,実際にやってみたら,きれいにおすためにはとても力が必要でした。 何枚も何枚もおしていると,手がつかれてきました。 かんたんそうな仕事でも大変なんだという事がよく分かりました。 三つ目は,売るための工夫をしているという事です。 「ラスク」を袋につめる時,見た目をよくするために,うらのこげた部分を下にして重ねていくと良いということを教えていただきました。 やっぱり袋への入れ方一つの工夫で,見た目が全然ちがうという事がよく分かりました。 店長さんや従業員の皆さんが,おいそがしい時に,私たち二人にやさしくていねいに教えてくださり,私はとてもうれしかったです。 このお店で職場体験をさせてもらって,ますますパン屋さんになりたと思うようになりました。 また,相手の事を考えて行動する事や一つ一つの事を最後までていねいにするという事を学んだので,これからの私の生活に生かしていきたいです。 店長さん,従業員の皆さん,本当にどうもありがとうございました。 年齢:30代 性別:男性 職業:公務員 住所:竹原市 今年から市内ではあるが職場が変わり,慣れない仕事内容に忙しくいしていた。 もうすぐ40歳での,大きな変化にいつしか顔もこわばっていたように思う。 ある時,そんな私に 「よっ どうや新しい職場は?」 と声をかけてくださる方がいた。 前の職場で大変お世話になった,私のおじいちゃんくらいの方である。 「ちょっとそこまできたけえ,顔見に来たんよ。 」 とニコニコ話をされた。 私もいつしか,ニコニコ顔。 なにか,なつかしい,温かい気持ちになった。 少し話した後, 「がんばっとるか心配じゃけえ またくるわ。 」 と笑いながら帰っていった。 大学からふるさとを離れ,広島で生活しているが, こんな声をかけ,思ってくださる人のおかげで今があるのだなあと思った。 家に帰って,妻や子ども達を抱きしめ,実家に電話をした。 年齢:20代 性別:男性 職業:教職員 住所:江田島市 中学校1年生の道徳の時間に「木箱の中の鉛筆たち」(出典:「中学校の道徳1 自分を見つめる」あかつき)という資料で授業をしました。 主人公が挫折から希望を見いだしていく姿と自分自身を照らし合わせて,夢や将来に向かい頑張っている将来の自分へメッセージを書きました。 その内容をいくつかご紹介します。 〇私は今,努力していますか。 あきらめやすい性格だから,努力しているか分からないけど。 夢は叶えられていますか。 好きなことに夢中になるタイプだから,きっと叶えられているかな。 あきらめそうになったり挫折しそうになったりしたら,将来の良い自分を思い描いてみて下さい。 絶対にその夢をあきらめないで,自分を信じて突き進んで下さい。 〇途中で夢をあきらめたくなる時があるかもしれないけど,あきらめたらそこで終わりになるよ!だからあきらめずに努力し続ければ,その夢は自分にとっての第一歩になると思うよ! 〇途中で「自分はダメだ・・・。 」と思っても,自分が「絶対に叶えてみせる」といった夢なのだから,最後まで努力をし続けて。 あきらめることは悪いことではないけど,まず自分の力を試して,納得がいくまで頑張って。 困難に直面すると挫折し,物事をあきらめがちな中学生ですが,乗り越えようとする強い意志に感動しました。 年齢:40代 性別:女性 職業:その他 住所:尾道市 小学校二年生の息子が,二学期の途中から,毎朝,学校に行くのを嫌がるようになりました。 それまでは,元気に楽しそうに学校に通っていたので,急に息子が朝,家を出るのを渋るようになり,びっくりしました。 息子も学校に行こうという気持ちはあるらしく,寝る前に次の日の荷物の準備をし,朝起きると,朝御飯を食べ,制服に着替え,玄関まではなんとか出るのです。 私も,息子を励ましながら,手をひいて,家から二十メートルほど離れた登校班の集合場所まで送って行こうとするのですが,泣きながら息子の足は,そこで止まるのです。 息子が通っている学校は,登校班といって,近所の子供たちが集まって,高学年の子供が班長や副班長になって並んで通学することになっています。 息子が学校へ行き渋るようになって,私は,他の子供達が学校へ行き渋る息子のために学校に遅刻してはいけないと思い,玄関前で泣いている息子を置いて,班長さんに先に行ってくれるように声をかける日が何日か続きました。 なぜ学校に行くのが嫌なのか,息子にいろいろ聞いてみるものの,何も言わない息子にどうしたものかと親の私もとまどい,毎朝玄関先で泣く息子の手を握りしめながら,私も涙が出てきました。 そんな日が何日か続き,その日も,班長さんに先に行ってくれるように言いに行った後,玄関先で息子をなだめていたら,登校班の副班長さんと四年生の男の子が息子を迎えに戻ってきてくれたのです。 私は二人が遅刻してはいけないと思い,お礼を言って,先に行くように言うと, 「僕達は大丈夫。 僕達が遅れたら,先に行った班長さんが,ちゃんと遅れた理由を先生に話してくれるから。 登校班のみんなもすごく心配しているよ。 」 と言って,泣いている息子の手をにぎりしめてくれました。 私が何を言っても行き渋っていた息子も,その言葉を聞くと,泣き止んで,学校に行く気になったようでした。 男の子達は, 「おばちゃん,明日から,僕達が玄関まで迎えに来るよ。 さあ,行こう!」 と息子の手を引っ張って学校に連れて行ってくれました。 その言葉どおり,次の日から,男の子達は毎朝息子を迎えに来てくれ,息子も行き渋ることなく,学校に通えるようになりました。 息子が登校班で行けなくなってから,登校班のみんなが心配してくれていたそうです。 みんなで迎えに行くと,みんなが遅れてしまうので,班長さんは,班のみんなを学校に連れて行き,副班長さんと息子と仲の良かった四年生の男の子が迎えに行くことにしようと相談してくれていたそうです。 そのおかげで,息子はあんなに行き渋っていたことが嘘のように,今では元気に学校に通っています。 息子のことを気にかけ,子供達で相談して,息子のために行動してくれたことに本当に感謝の気持ちでいっぱいです。 そして心の優しい素晴らしい子供達がいることを知ってもらいたくてお知らせします。 本当にありがとうございました。 年齢:50代 性別:男性 職業:教職員 住所:福山市 本校では,1年生から3年生まで縦割りで,体育大会や文化祭での合唱などに取り組んでいます。 そして文化祭後には,後輩から3年生へメッセージを書いて贈っています。 それらの中から,先輩の姿や行事をやり遂げた充実感にあふれたメッセージをほんの一部ご紹介します。 来年は私たちが引っ張っていきます。 本当にありがとうございました。 私たちを最後までサポートしてくださった先輩方,かっこよかったです。 2年生になったら,1年生をしっかり支えてあげられるように頑張ります。 ありがとうございました。 先輩方が卒業しても,この素晴らしい伝統を続けていきます。 (1年生 男子) 進路の実現にむけて不安でいっぱいの3年生ですが,後輩から贈られたこのようなメッセージを励ましに,自分の素晴らしさを自信にして頑張ってもらいたいものです。 手術前に母親にあてて書いた少女の最後の手紙が題材で,話を読みながら涙する先生や,話を聞きながら涙する生徒もいました。 家族の大切さについて改めて考えを深めることができた時間となりました。 その時の感想を,いくつかご紹介します。 健康に過ごせているのも「あたりまえ」。 だけど,あたりまえのことがあたりまえであるとは限らないから,私は今すごく幸せだと思いました。 大切なお母さんやお父さん,兄や妹がいて,大切にしていきたいです。 今まで「うるさい」とか「いなくなればいいのに」とか思っていたこともあったけど,お母さんがいなかったら今の自分はなくて,大切な家族だと思いました。 もし,近くにそのような人がいたならば,全力で自分にできることを探して,助けになれればいいと強く思います。 この気持ちを忘れずに,これから生きていこうと思いました。 なかなか素直になれないこともある中学生ですが,こんなことも考えているのだと,心が温かくなりました。 年齢:50代 性別:女性 職業:教職員 住所:福山市 本校では,地域の方にご指導いただきながら,年間を通して,6年生を中心に菊づくりに取り組んでいます。 菊づくりの活動を通して子供たちは,本校の正門に掲げている「菊を見つめる 菊が見つめる 菊を育てる 菊が育てた 私たち」という言葉の意味を実感していました。 達成感や充実感を感じるとともに,植物の生命の力に驚き,生命の尊さを感じ,多くの方に支えられていることに気づき感謝する気持ちも高まりました。 そんな本校の児童の感想を紹介します。 4月から菊づくりを始め,今まできれいに育てられたのは,去年の6年生が冬至芽を大切に残してくれたり,平盛さんや園芸部のみなさんが協力してくださったりしたから,今年菊をきれいに咲かすことができたのだと思います。 3本立ての作業のときに,平盛さんが私のために私の鉢を誘引具で曲げる作業をやってくださって,そのとき優しく分かりやすくていねいに教えてくださったことが忘れられません。 4月から協力し合い,毎朝,菊の水やりをしたり,わき芽をとったり…。 さし芽のころのあんなに小さな菊が,ここまで大きく成長してくれたこと,とてもうれしく思うし,「ありがとう」という気持ちでいっぱいです。 菊の世話をするにつれ,わたしも菊に育てられているような気がしました。 ぼくは,植物にも命があるということを学びました。 今まで植物を育てたことはあまりなくて,学校でしたときも,水やりなんか忘れて,全然関心がなかったけど,菊は水やりをするとそれにこたえてくれるように咲くので,今まで無駄になった花にはあやまりたいです。 わたしは,今までの6年生をみてきて,「菊の世話って,そんなに楽しいのかな。 」と疑問に思っていましたが,菊を育てると,子どもを育てているような気分になって,別れるのが悲しくなったくらいです。 わたしが菊から学んだことは,生き物を育てるときの責任,そして思いやりです。 ときどき,水やりするのを忘れたり,作業が面倒になったときもあったりしましたが,しっかり世話ができたと思います。 半年という長い時間をかけたはずなのに,それが短く感じました。 最期も,「ごめんね。 ごめんね。 」と一つ一つ,一本一本の菊の花やくきにあやまりながら,片付けをしました。 「きれいな花を咲かせてくれてありがとう。 」 菊の片付けをしました。 私は,今まで大切に育ててきた菊を根から切るのは,とてもいやだったけど,菊に「ありがとう。 」と言いながら切りました。 そして,その後,私は底のあみの係だったので,土の山のところに行って,底のあみの回収をしました。 これから,あのきれいな菊を見られなくなるのは悲しいけど,来年の6年生にきれいな菊を咲かせてもらいたいです。 年齢:10代 性別:男性 職業:学生 住所:呉市 僕は中学3年生です。 2月4日(火曜日)選抜(1)の受検に行きました。 とても,大変だったけど,感動した出来事がありました。 次の日,学校に行き,先生に話したら,すごく感動的な話なので県の教育委員会に「心に響くちょっといいはなし」というコーナーがあるから投稿してみたら,と言われたので書き込みます。 朝,広島駅で広島港行きの電車に乗った。 乗り場は混んでいて,人混みに追われるように広島港行きの電車に乗った。 僕は中電前で降りるつもりだった。 電車の中で張り紙を見て停車する電停を確認していると,車内放送で停車駅が,段原とアナウンスがあり路線を間違えて違う電車に乗ってしまったことに気づいた。 あわてて運転手さんに,中電前に行きたいと伝えると運転手さんは,次の的場で降りること,そこには電停が二つあることを教えてくださった。 的場で降りてその電停におられた方に広島港行きで中電前に止まる電停を教えてもらった。 僕は教えてもらった電停へ行き,そこにおられた方に中電前に止まりますかと聞いた。 その方は,どうしたのかと聞いてくださった。 僕は泣きながら,「受検で高校に行く途中なのですが電車を間違えてしまった。 」と言った。 その方は「ついておいで。 」と言われ一緒に電車に乗り八丁堀で降りた。 そして,タクシーを止め,タクシーの運転手さんに1000円札を出し,「この子を国泰寺高校まで連れて行ってくれ」と伝え,僕に「頑張ってね」といって去っていった。 僕は何がなんだか分からなくなっていて,御礼も言えないままにタクシーに乗った。 集合10分前に着いた。 間に合った。 電車の運転手さん,電停を教えて下さった方,そして八丁堀まで連れて行き,タクシーに乗せて頂いた方,そしてタクシーの運転手さん。 みなさんの温かい配慮に感謝の気持ちでいっぱいです。 年齢:50代 性別:男性 職業:教職員 住所:大竹市 地域にあるコミュニティサロンで,玖波に住んでおられる方から「敬老会で,うれしいことがあったんですよ。 」と,笑顔で次のようなお話をいただきました。 毎年,大竹市立玖波小学校区の敬老会が玖波公民館で開催され,この敬老会に玖波小学校の4年生は全員参加し,合唱を披露しています。 今年は9月15日(月曜日)に行われ,4年生児童が元気よく合唱を発表し,お年寄りの方から大きな拍手をいただきました。 その時の出来事だったようです。 敬老会終了後,会場の机や椅子の片付けが始まった時に,4年生の女子4人が,その方に,「何か私たちも,お手伝いができることはありませんか。 机や椅子を片付けましょうか。 」と尋ねてきたそうです。 その時の表情や言い方がとても明るく,自然だったので,この子たちの真心を感じて,とてもうれしかったということでした。 ステージに上がり,ただ歌を披露するだけでなく,「自分たちは参加させていただいているんだ。 」という『感謝の気持ち』や「役に立ちたい。 」といった『奉仕の気持ち』がこの方の心に響いたのです。 地域の宝である子供たちが,人生の先輩である地域の方に添えた真心,そんな心をこれからも育んでいきたいと思います。 年齢:50代 性別:女性 職業:教職員 住所:北広島町 信号待ちの時,何気なく自動車販売会社のショールームを眺めていました。 すると,お店から出て行く一台の乗用車に向かってお辞儀をしている一人の青年が目に留まりました。 きっと自分が担当するお客様を見送っているのでしょう。 わたしは,出て行く乗用車に向かって深々とお辞儀する青年を『折り目正しいなあ』と思いながら眺めておりましたが,信号待ちの間ずっとお辞儀を続けている青年の姿に胸を打たれました。 時間にして二十秒はあったと思います。 やっと顔を上げたその表情は,実に爽やかでした。 義務的ではなく,心からお客様に対する敬意を表していることが分かりました。 わたしは,この青年のような心根で人と接しているかを自省するとともに,この青年の生き方を見習っていこうと心に誓ったのです。 年齢:50代 性別:女性 職業:教職員 住所:北広島町 最近,わたしが感動した出来事を紹介します。 わたしの母と孫にまつわる出来事です。 わたしの母と1歳8ヶ月になる孫はとっても仲良しです。 先日も一緒に実家近くの児童公園に遊びに行きました。 孫は「ブランコ遊び」が大好きです。 さっそくブランコめざして走っていきました。 そこには先客がいました。 二つあるブランコに二人の兄弟がそれぞれ立って勢いよく漕いでいたそうです。 小学校一年生くらいの弟と,四年生くらいのお兄ちゃんだったそうですが,孫がこちらをめざして走って来るのを見つけると,お兄ちゃんはブランコを漕ぐのをやめて,孫に「はい,どうぞ。 」と譲ってくれたのです。 孫は嬉しそうにブランコに座り,漕ぎ始めました。 母は(漕いであげよう。 )と,後ろに回って背中を押そうとしました。 しかし,孫は自分で漕ぎたかったようで,後ろを見て『やめて。 』という視線を送ったので,母はやめて様子を見ることにしました。 すると,その様子を見ていた弟の方が,ゆっくりと手本を示すように漕いで見せたそうです。 孫はそれが分かったのか,一生懸命にまねて漕ぎ始め,上手に遊べるようになったのが嬉しくて,意気揚々とした様子だったそうです。 ところが,孫が勢いよくブランコを降りた途端に勢い余って前に転び,膝小僧を擦りむいてしまいました。 それを見たお兄ちゃんは,猛スピードで走り去ったかと思うと,手に絆創膏を持って戻ってきました。 そして,孫の膝にやさしく絆創膏を貼ってくれたそうです。 孫はまだうまくしゃべれませんが,嬉しそうに,何度も何度もお辞儀をして,「ありがとう。 」の気持ちを表したそうです。 別れるときに,男の子の兄弟は孫に向かって,「またブランコで遊ぼうね。 」と優しく声をかけ,姿が見えなくなるまでずっと手を振ってくれたそうです。 帰るとすぐに母は,児童公園での出来事をわたしに話すと,「あのやさしい兄弟に出会えて,心から感動したよ。 あの兄弟のことを,この子もきっとずっと憶えているじゃろうね。 」と, 孫の頭を撫でながら話しました。 この話を聞いたわたしも感動して,しみじみ心が温かくなりました。 年齢:90代以上 性別:女性 職業:その他 住所:府中市 亜季ちゃん,今日は運動会の案内を有難う。 私は亜季ちゃんの顔を知らないけれど,お便りを見て,可愛く,やさしい人だと思いましたよ。 今の時代は,電話で話をすることが多くて,便りをくれる人が少ないです。 亜季ちゃんからの便り,うれしくて元気が出ました。 有難う。 運動会には組体操をするのですネ。 私も見るの大好きよ。 見に行きたいのですが,残念な事に私も25日に踊りの会で府中にいくので,ごめんネ。 せっかく案内をくれたのに仕方がないネ。 でも,お互いに頑張りましょう。 組体操,上から落ちないように。 亜季ちゃん,がんばれ。 がんばれ。 応援しているよ。 元気でネ。 便り,うれしかったヨ。 サヨウナラ。 92才のおばさんより 年齢:60代以上 性別:女性 職業:その他 住所:安芸高田市 先日,バレーボールの観戦のため,神辺旭高校に初めて訪れました。 私は,県北在住なので,東部の学校の実態も全く知りませんし,60代後半の夫婦ですので,最近の学校の状態もよく分かりませんが,生徒の礼儀に感動しました。 出会う生徒さん全員挨拶されるし,帰りの坂道で,車の方に身体の向きを変えて頭を下げられる姿,長い人生で初の感動,驚きでした。 日本人としてこんな若者が育っていることに誇りと嬉しさを覚えました。 たぶん,あちらこちらからお褒めを頂いていると思いますが,スポーツで勝った以上のことを日々の生活の中で実践されていることに敬意を表します。 こちらに帰っても,神辺旭高校の生徒さんの話をしています。 息子も体育教師,孫が中学・高校生,夫も中学生のバレーの指導をしていますので,見習わせたいと思います。 神辺旭高校のファンになりました。 年齢:60代以上 性別:女性 職業:その他 住所:呉市 「ありゃ!ない!! 」 最近,物忘れが多くなったおばあちゃんの口癖である。 今日も美容院に連れて行った後,買い物がしたいというので,ちょっと離れた大型スーパーに寄った。 夕方,帰宅して車から降りるときに,この言葉。 「何がないん?」と尋ねると,「あれよ,あれ!ほら,膝に掛ける・・・。 」 「あぁ,ブランケットのこと?えっ!昨日もらった・・・。 」 昨夜,84歳になったおばあちゃんの誕生日プレゼントにと息子夫婦が届けてくれたものである。 しかも,今朝出掛けに「ばあちゃん,何でも大事にとっとかんこぉに使わんにゃ」と,おじいちゃんに促され,「それも,そうよのぉ。 」と,わざわざ家に取りに戻ったのに・・・。 とても悲しい気持ちになった。 「おばあちゃん。 心当たりがある?」「車から持って出たかいね?」「いやぁ・・。 」と,うつむき加減に首を振る。 せっかくもらったプレゼント,しかもおろしたてなのに・・何としても探し出したい!記憶の糸をたどる。 美容院を出たときは間違いなく,車にあった。 ・・・となると,スーパーか! しかし,スーパーへの往復は1時間かかる。 夕飯の支度もしなくちゃいけない。 とりあえず,スーパーに電話することにした。 かすかな期待。 残念ながら現段階で落とし物は届いていないが,届けば連絡をしてくださるということ。 それを伝えると,悲しそうな顔のおばあちゃん。 冬の日暮れは早く,外はもう真っ暗。 仮に,スーパーの駐車場やおばあちゃんが歩いたところを探したとしても見つかるかどうかも分からない。 「縁がなかったんかのう。 」というがっかりした言葉に突き動かされるように,「おばあちゃん。 駄目もとで探しに行ってみようや!」と車のエンジンを掛け,出発。 駐車場に着き,お昼に車を停めたあたりをぐるぐる回る。 外灯はあるものの,深緑に黄色のラインが入ったブランケットはどこにも見当たらない。 「やっぱり無いかぁ・・。 」とため息をつき,とりあえずお店に入ろう車を移動させていると,「あれっ?あれじゃないん!」 なんと,探し求めていたブランケットが,駐車場内の看板に引っ掛けてもらっているではないか! 「あぁ,ありがたい。 」と手を合わせるおばあちゃん。 ・・・そういえば,お昼に来た時は満車で,停めるところがなかなか見つからず,たとえ停められたとしてもだいぶ歩くようになるので,お店の入口付近でおばあちゃんに降りてもらって車を移動させたのだった。 その時に,ブランケットが座席から落ちたのだろうが,それに気付かなかったのだ。 どこの誰かは分からないけれど,路上に落ちたブランケットに気づかれた方が,そのままでは車に踏まれると思い,汚れないよう看板に掛けてくださったのだろう。 そのさりげない優しさのおかげで,今日もブランケットは,おばあちゃんの身体と心を温めている。 年齢:50代 性別:女性 職業:教職員 住所:安芸太田町 夕方5時前,職員室で仕事をしていると「先生,犬が大変です。 穴に落ちて出られません。 」2名の子どもが,ハアハア息を切らせて学校へ走ってきた。 よほど焦っていたのだろう。 ハアハア言いながら状況を必死に説明しようとしている。 話の内容からすると,どうも学校前の道の駅の駐車場でのことらしい。 とにかく,状況を把握するために走ってその場所に駆けつけた。 そこには,8名の子どもたちと加計高校の男子生徒,ALTの先生と一匹の犬がいた。 排水管から猫を追いかけ2匹の犬が入り,猫と1匹の犬は出てきたのだが,もう1匹の犬はマスの水に落ちてしまい,排水管の中に入り込んだらしい。 その様子を子どもたちが見ていたのだ。 そんな子どもたちは,心配そうに排水用のマスをのぞきこんでいる。 よく見ると1匹の犬が排水管の中にいる。 とにかく,中の様子を見るためにふたを開けようということになった。 しかし,そのふたは,グレーチングでしっかり閉まっていて,開けることができない。 ちょうどそこにバスが停まっていて,運転手さんが工具を持って来てくださった。 それで,少しこじ開け,高校生と大人4人で何とかふたを開けることができた。 マスには水がたまっていて,犬がいる場所まではゆうに2メートル以上の高さがある。 高校生が「僕がおります。 」と制服から体操服に着替えた。 しかし,水の深さが分からないことと,そこで,おびえている犬に触ることは噛まれるという危険性もあるのでストップをかけた。 ずっとそばにいた子どもたちは,「犬が水に落ちたらかわいそう。 」「助けてあげて。 」ととても心配そうに見ている。 しかし,時間が過ぎるばかりで,家に帰る時刻が過ぎてしまっていた。 子どもたちは,後ろ髪をひかれる思いで,何度も振り返りながら家路についた。 とにかく,私達だけではどうしようもないので,助けを呼ぶことにした。 役場に電話をしたり,商業観光課まで高校生が連絡に行ってくれたりした。 何人かの方が駆けつけてくださった。 そんな中,奔走してくれた高校生は,次の用があるため「後は,よろしくお願いします。 犬を助けてやってください。 」と頼み,その場を後にした。 マスの中に入る人,噛まれないようにアドバイスをする人,犬を引き上げる人・・・,それぞれ,犬を助けたいという思いで必死だった。 みんなの協力のもとずぶぬれの犬を助けることができた。 思わず,「よかった。 」と拍手がわいた。 もう1匹の犬と一緒に来たらしく,その犬も喜んでいるようであった。 2匹の犬は住民生活課に引き取られていった。 その後,防災無線でも「迷い犬」と放送された。 次の日,学校に来るなり子どもたちは「先生,昨日の犬どうなりましたか?」と口々に聞いてきた。 「無事,助けてもらったよ。 」とその時の写真を見せたら,「ああ,よかった。 」とホッとした表情をしていた。 「怪我していませんでしたか。 」「それから,その犬どうなりましたか。 」など,矢継ぎ早に聞いてくる子どもたちに,「大丈夫,元気だったよ。 飼い主を探してもらっているよ。 」というと,とても安心したような顔をしていた。 朝,10時に住民生活課より,「飼い主の方が来られました。 ご協力ありがとうございました。 」とメールが届いた。 さっそく,そのことを子どもたちに話すと,大喜びをしていた。 昨今,犬猫の殺処分が多い中,必死で助けようと思った人たちと,命を大切に思う子どもたちの優しさにふれた出来事だった。 年齢:60代以上 性別:女性 職業:その他 住所:安芸太田町 先月,平成25年度「みんなで作ろう ひろしま自慢」発表大会(西部地区大会)が,私の住まいの近くで開催されたので,行きました。 10校の小・中学校の児童・生徒によるステージ発表がありました。 ステージに立った子どもたちの顔つきは引き締まって,輝いていました。 本当に一生懸命の発表でした。 目頭が熱くなり,胸がいっぱいになるような強い感動を覚えました。 一生懸命ってすばらしいですね。 発表が終わった時の子どもたちの自信に満ちた表情は,今でも忘れられません。 このような子どもたちが育っているといううれしさで,幸せな気分になりました。 ステージ発表の最後をつとめた戸河内中学校の発表,「故郷を思う気持ちと,おもてなしの心を込めた全校合唱」は,70人の声がひとつにまとまって響いてくる素敵な歌声でした。 にたにたした表情の生徒は一人もいません。 男子も女子も,70人全員が,指揮者の指先に全神経を集中して一生懸命歌っている姿は見事でした。 感動しました。 戸河内中学校のスローガン「一生懸命が かっこいい!」まさにその姿を見ることができたように思いました。 一生懸命さに心を打たれた,感動いっぱいの発表会でした。 発表者のみなさん,ありがとうございました。 一年の終わりが近づき,今年一年を振り返ると,この発表会は今年のすばらしい出来事のひとつになりそうです。 来年の発表会には,さらにたくさんの人の参加があることを願っています。 年齢: 性別:男性 職業:会社員 住所:大阪市 出張で広島に来ました大阪の会社員です。 本日,昼2時半ごろ広島駅のATMでお金を下ろした後,タクシーに乗ろうとしたとき, 「誰かATMでカードを忘れた方いませんかー。 」 と,ものすごく大きな声で叫んでいる女子高生二人組がいました。 もしやと思い,近づいて確認すると,それは私のキャッシュカードでした。 急いでいたので「ありがとう」と一言しか言えなかったのですが,駅前で人通りが多いのにもかかわらず,見ず知らずの誰かのために大声で叫んでくれた二人の女子高生に,改めて感謝の気持ちでいっぱいです。 おかげで,私の大切なキャッシュカードを紛失せずに済みました。 乗り込んだタクシーの運転手の方も,「すごい子達やなー」と感心しておりました。 自身の勇気ある行動とは思いますが,広島県での教育の質の高さも垣間見えた気がして筋違いかもしれませんが,こちらにメッセージを送らせて頂きました。 「大声で叫んでくれて,助けていただいたこと,本当に感謝しています。 ありがとうございました。 」 どうか,二人にもこのメッセージが届くことを祈ります。 年齢 :50代性別 :男性 職業 :教職員 住所:県内 本校は昨日から6年生が修学旅行に行っている。 私は今年度の修学旅行にあたり,願っていることがあった。 6年生の中に不登校傾向の子どもがおり,その子にもぜひ参加してほしいという事である。 修学旅行出発前日,その子は母親といっしょに登校して来た。 後で知ったことであるが,前の日,クラスの友達が「修学旅行にいっしょに行こう。 」と誘いの電話を入れていたらしい。 昨日(修学旅行出発当日)の朝,一抹の不安と期待をもって子ども達の集合を待った。 しばらくして,次々登校してくる子ども達の中に,その子の姿を見つけた。 少し不安そうにも見えたが,誘いの電話をしてくれた子どもをはじめ,何人もの子どもたちが声をかけていた。 当たり前のことであるが,その子がいつ登校してきても教室にその子の居場所があるように,機会をとらえてはクラスの子ども達に,その子の話題を提供していた担任の地道な努力が実ったようで胸が熱くなった。 今回「修学旅行にいっしょに行こう。 」と声をかけた子ども。 そして,その呼びかけに応えて修学旅行に参加した子どもの成長がうれしい。 今回の出来事で改めて,子どもを信じて待つことの大切さを学んだ。 今朝,団長から「全員元気で,2日目の見学地に出発します。 」と連絡があった。 団長の電話の声がいつにもまして,はつらつとさわやかに聞こえた。 年齢 :40代性別 :女性 職業 :その他 住所:福山市 先日、娘の通う高校の文化祭に行ってきました。 娘いわく、「文化祭の1番の見もの」の『クラス対抗歌合戦』 があったのですが、そこでの感動した出来事を紹介します。 3年生のあるクラスでした。 幕が開く前、しーんと静まり返った体育館に、 ステージから女の子の大きな声が聞こえてきました。 『できる、できる、できる』 すると、クラス全員でしょうか、 『できる、できる、できる』と。 鳥肌がたちました。 圧倒的な存在感でした。 幕が開き、ダンスとともに響く大きな歌声。 誰一人、暗い顔をしている生徒はおらず、 みんなが輝いていました。 毎年、この3年生の姿をみて後輩達が育っていくのだなあと思うと、 娘のクラスでもないのに、涙がでてきました。 この高校は部活動が盛んと聞いています。 部活動をしている生徒はクラスの練習に参加するのも大変だったのでは ないでしょうか? それでも、準備・部活・勉強と上手く時間をやり繰りし、 たった5分ほどの発表に全力で練習を重ねる生徒たち・・・。 最近は、「一生懸命に何かをすること」を恥ずかしいと感じている子どもが 増えたように思っていましたが、「何事にも全力」で頑張っている子ども達が たくさんいるのだなと改めて考えさせられました。 まさに『青春』ですね。 帰ってきた娘によると、あのクラスは優勝したのだとか。 「先輩すごかった~! 来年はうちらが優勝するんじゃけえ。 」 と目を輝かせて話してくれた娘に、心の中でエールを送る母でした。 年齢 :40代性別 :男性 職業 :公務員 住所:安芸高田市 それは私が小学校5年生の時だった。 卒業式当日、私に卒業生を会場に案内する役目が与えられた。 少し重い気分で、仲の良かった6年生や苦手だった6年生の顔を思い浮かべながら体育館から教室に向かった。 教室の前まで来ると入り口は閉まっており、入りづらかったが、思い切って入り口を開けた。 「準備ができました。 会場へどうぞ・・・」と言うと、一瞬の間。 何か間違ったことを言ったのかと躊躇したその時、担任の先生が「じゃあ・・・行こうか!」と呼びかけると、6年生のみんなが笑顔で「はい!」と応えた。 小さくも大きくもない声だった。 涙が出そうだった。 色々なことを思い出した。 少し大人びた卒業生はどの顔も清清しく、まぶしかった。 こんなふうに自分も卒業の日を迎えたいと感じた。 あれから35年以上がたった今でも、あの時のまぶしい6年生教室が忘れられない。 年齢 :50代性別 :男性 職業 :教職員 住所:安芸高田市 この4月初任者が配置された。 初めての給料日前日のことである。 最近は給料も振り込みになっているので,現金を手にする感動はない。 いつもは,本校でも給料日前日に担当の事務職員が給料明細書を職員に配ってくれる。 4月の給料日前日,出張から帰ると,私の机の上にメモ書きと封筒が置いてあった。 事務職員からのメモで「明日は給料日です。 生まれて初めて給料をもらう職員がいます。 校長先生から明細を渡してあげてください。 」と書いてあった。 事務職員の配慮にほのぼのとしたやさしい気持ちになれた。 早速初任者を呼び,私の初めての給料日のことや,当時の社会の様子等を話して親孝行をするようにと声をかけ給料明細書を渡した。 後日,初任者が私の所に来て,「先日は有り難うございました。 校長先生に言われたように私なりの親孝行をしました。 」と報告してくれた。 何気ない出来事であるが,事務職員に感謝するとともに,初任者が事務職員のように,周りの人に配慮ができる教師に成長してくれるよう願っている。 年齢 :50代性別 :男性 職業 :教職員 住所:府中市 小学校1年生の連絡帳にこんなことが書いてありました。 寒い日の午後、娘と同級生の小学校1年生男子の2人が訪ねてきてくれました。 」と言うと、「知っとるよ。 学校で毛布をまいとったけえ。 遊びにきたんじゃなくて、これ。 寒いのに、わざわざ・・・ 「ありがとう。 よく届けてくれたね。 寒いから、早く帰りよ。 自転車、気をつけてね。 」と言うと、「うん。 じゃあね、おだいじに。 」と、言ってくれました。 落し物を拾って、名前を見て家まで届けてくれた事も、「おだいじに」と声をかけてくれた事も、とても嬉しかったです。 来てくれた2人は、そんなたいしたことしてないよ、という顔でさあーと帰っていきましたが、大人でもなかなかできない親切な行動だと思いました。 こんな優しい心の友達が育っていることが、とても嬉しくて先生へお知らせします。 学校でも先生からほめてあげてくださいね。 年齢 :30代性別 :女性 職業 :教職員 住所:沖縄県 家族でさくらを見に行った帰りのこと。 2時頃、ちょっと遅めのお昼をとろうと、レストランに入りました。 ものすごく混んでいて注文をとるのに30分。 注文したものが来るのになんと1時間かかっていました。 家族みんな自然と無口になり、隣の席の家族は「待ちきれない」と言って帰ったほど。 みんなイライラしていました。 私も帰りに一言文句を言ってやろうかと考えていました。 一番先に長男の注文したものがきました。 「いただきます」の前に、小学1年生の息子がひと言。 「たくさん待ったお陰で、おいしく食べれるね!」 トゲトゲだった心が一瞬にしてあたたかい気持ちになりました。 私達はその後、みんなおいしく昼食をいただくことができました。 年齢 :40代性別 :男性 職業 :教職員住所:庄原市 県北に,今年一番の大雪が降りました。 朝起きて窓の外を見ると,外は真っ白,40cmぐらいの雪が積もっています。 ああ,また,今朝もこの雪道を通勤するのかと,少し憂鬱な気分で家を出ました。 すると思った通り,道はつるつる,車も列を作ってノロノロと動いています。 「えっ,あぶないなー。 」 そんな時,一つの光景が目に飛び込んできました。 歩道に積もった雪を避けているのでしょうが,小学生の集団が,車道を歩いているのです。 横を通る車も,恐る恐るスピードを緩めながら通り過ぎている様子が伝わってきました。 わたしは,反対車線を通っていたのですが, 「気持ちは分かるけど,ちょっと考えて歩いたほうがいいんじゃないかな。 」 と,少し通勤の遅れのイライラも加わって,その小学生の集団の様子の非常識な行動に少し憤慨しながら,その場を通り過ぎました。 そして,その日の夕方,仕事からの帰り道,朝のそんな光景もすっかり忘れて,車を運転していたときのことです。 一人の男の人が,歩道で何かしています。 よく見ると,スコップを持って,雪をかいているようです。 その時,ハッと気づきました。 その場所は,今朝,小学生の集団が,車道を歩いていた道なのです。 きっと,その男の人も,今朝,その光景を見たのでしょう。 しかし,それを冷たく見るのではなく,この人は,「この小学生たちのために何とかしなければ・・・。 」と考えたのでしょう。 よく見ると,雪の歩道に,一本の道が,延々と続いています。 この道を作るために,この人は,何時間,雪をかき続けたのでしょうか。 寒い北風の吹く冬の夕暮れの中で,何を考えながら,雪をかき続けたのでしょうか。 明日の朝,驚きの表情を浮かべながら,笑顔でこの一本の道を通るであろう小学生の子どもたちを思い浮かべた時,何か胸が熱くなるものを感じ,バックミラーに映る,真っ赤な顔で汗をかきながら雪をかく男の人を,私は見えなくなるまで見続けました。 その後ろに続く一本の細い道とともに・・・。 年齢 :40代性別 :女性 職業 :その他住所:三次市 冬のとても寒い朝,交差点で右折しようと信号を待っていた時のことです。 右前方の歩道で登校中の子どもたちにちょっとした事件が起きていました。 一人の子が,立ち止まって動こうとしないのです。 黄色いランドセルカバーをしているのでたぶん1年生だと思われる小さな女の子は,動こうとせず小さくかぶりを振っています。 黄色い班長旗を持っている女の子が,小さな女の子の声を聞こうと一生懸命に腰をかがめていました。 何度か背中に手を添えているのですが動こうとしません。 そのうち前にいた男の子が走って,やってきました。 その子の手にも黄色い班長旗が握られていました。 その間,二人の班長さんは,待たされている通学班の子どもたちにも時々声をかけている様子で,誰も文句を言う様子もなくおとなしく待っています。 車を運転している途中のこと,声をかけてやることもできず,様子を伺う他ありませんでした。 信号が変わり,その場を後にしましたが,どうも気にかかりその場に戻ってみました。 その場に子どもたちの姿はもうありませんでした。 高学年とはいえ,まだ小さな小学生が,こんなにも優しくしっかりしている様子に,寒い寒い朝でしたが,心温まる思いでした。 年齢 :20代性別 :女性 職業 :その他住所:東京都 とある中学校の3年生全員が文化祭で劇をやると言うので,そのお手伝いをしに1週間,期間限定の臨時講師的な感じで中学校に通っていたときのことです。 役者から道具関係,音照,映像など,3年生全員がなんらかの係に入っているので,私たちのメンバーが各々得意とするポジションを担当して,生徒のみんなと一緒に芝居を作っていきました。 もう,ほんとに感動しました。 もともと,教えてあげるものなんて何にも持っていない私たちは,みんなにずっと教えて貰いっぱなしでした。 私として一番の壁は,やはり「言葉」でした。 方言は勿論,普段何気なく使ってしまう乱暴な言葉や,社会に出た大人なら素通りするであろう何気ない言葉や行動が,彼らを傷つけてしまうのではないか?と,いろいろと考えて心配しました。 それから,舞台専門用語の変換です。 上下(かみしも)は勿論,出ハケを「行く/戻る」に変えたり,「プリセット」を「準備」に変えたり,尺寸をセンチに変えたり…。 でも,そこは生徒・彼らの方が柔軟で,うっかりこっちが「ここで役者がハケて来るから・・・あ,戻って来るから」と言い直すと,次からは「ここで役者がハケてくるんね」と,彼らの方から言ってくれたりしました。 本当にみんなすごい! 役者の子達はもちろん,裏方の子達の台本まで書き込みがいっぱいで,ボロボロになっているのを見て嬉しくて泣きそうになりました。 「教えに行く」なんて気持ちは毛頭なく,「みんなと芝居を通じて遊びに行く」という感覚で東京から向かった広島だったのですが,最後には「彼らに誰かとものを作るということを教えてもらいに来たんだな!」とハッキリと思いました。 「誰かと何かを一緒にやる」「目の前の事を一生懸命やってみる」という事に関して,私たちよりもよっぽど優れている生徒・彼らに学んだことを宝物にさせてもらって,リセットされた自分を大事に,また次の舞台現場に行きたいと思います。 みんな,本当にありがとう! 年齢 :50代性別 :男性 職業 :教職員住所:広島市西区 先日,私の勤務する学校に,県民の方から電話がかかってきました。 ちょっといい話なので,ご紹介します。 電話の内容は,次のとおりです。 「自分は建設会社でトラックの運転手をしている。 今日,資材の運搬のため一人で国道2号線を走っているとき,何かのはずみで,積んでいた資材が荷台から落ちてしまった。 自分ひとりで片付けると相当時間がかかり,国道も大渋滞してしまうと焦っていたところへ,自転車に乗った丸刈りの高校生の一団が通りかかり,『手伝いましょう。 』と言うが早いか皆で資材を拾い集めてくれた。 おかげであっという間に片付き,道路も渋滞せずにすんだ。 片付けが終わると,高校生たちは,どこの誰とも名乗らず風のように去って行った。 よい教育をしている,と思って電話した。 」 調べてみると,その高校生たちは,本校の野球部の2年生でした。 実は,この話にはもう一つエピソードがあります。 その運転手の方は,手伝った生徒が野球部の生徒とはご存知なかったのですが,電話の最後にこうおっしゃいました。 」 年齢 :40代性別 :男性 職業 :教職員住所:庄原市 今,外に降る雨を見て,ふと思い出した出来事があります。 あれは,そう・・・,6月,梅雨空の続くある雨の日のことでした。 放課後,1人の子が, 「先生,木にかさが引っかかっています。 」 と職員室へ呼びにきました。 行ってみると,木の枝の少し高いところに,赤いかさが1本,開いたまま引っかかっています。 取ってみると,かさに1年生の女の子の名前が書いてありました。 「きっと,風でも吹いて引っかかったのだな。 今頃困っているだろうな。 」 「でも・・・,引っかかったのなら,職員室まで言いに来たらよかったのに。 」 と思いながら,家の方に電話をしました。 その子はまだ帰っておらず,お家の方に事情を説明して,明日返すから心配しないようにその子に伝えてほしいとお願いして電話を切りました。 すると,しばらくして,その女の子のお父さんから,学校に電話がかかってきたのです。 そして, 「実は,・・・。 」 と言いながら,娘から聞いたことを話してくれました。 「かさが木に引っかかって取れなくなったんじゃなくて, 娘がわざとその木に引っかけてきたそうなのです。 私も驚いて,どうしてそんなことをしたのか聞くと, 娘が言うのには,その木はとても大切な木なんだそうです。 かわいい実がたくさんなる木なんだそうです。 実を採っていたら,突然雨が降り出して,どうしようかと困ってしまったそうです。 そこで,持っていた自分のかさを思わずその木にかけて,その大切な実に雨が当たらないようにして帰ってきたそうです。 」 「いやー,本当にお騒がせな娘です。 困ってしまいますよ。 まあ,そういうわけでしたので,大変お騒がせしました。 」 と言うお父さんの声は,どこかしら,少しうれしそうでした。 次の日に,赤いかさを取りに来た女の子の少しはずかしそうな顔を見ながら, 私の心も少し温かくなったことを,つい昨日の事の様に覚えています。 今日もこの雨の下,どこかで,やさしい心を持った子がかさを持ちながら,困った顔をしているのではないかな, と少し心配に,そして,ほのかに期待しながら,窓の外に降る雨を,今,見ています。 年齢 :40代性別 :女性 職業 :公務員住所:県内 今年も「せらの子」の文集が発行されました。 子どもたちが書いたみずみずしい文章に引き込まれるように一気に読みました。 その中で,次のような小学校6年生児童の作文がありました。 道徳で考えたこと ぼくは,毎週の道徳の時間が待ち遠しくてたまりません。 ぼくは,道徳の本をもとに勉強することが楽しいです。 いろいろなお話が道徳の本にのっていて,それをもとに自分のことを考えられるからです。 また,道徳の時間に友達の意見を聞けるから,自分の考え方が変わってきます。 いろいろな人や出来事から自分の生活を振り返ることができます。 道徳の学習の中で一番心に残ったお話がありました。 それは「父の開校記念日」というお話です。 父の学校が新しい学校に建てかえられたため,なくなったというお話でした。 学校がなくなっても,心の中に,自分の通っていた学校やそこでの思い出がいつまでも残っていることを学びました。 そのお話から,ぼくの通っていた保育所が合ぺいして建物が使われなくなったことを思い出しました。 今では草がたくさん生えていたり,ガラス窓が割れたりしていて,ひどい状態になっています。 ぼくの思い出のつまった保育所があれ放題になっていたので,とても悲しくなりました。 しかし,きれいだった頃のことや,友達との思い出がいっぱいあります。 それは,こわそうと思っても,絶対にこわれません。 ぼくは,今まで,何回か転校してきました。 初めの学校を転校する時,,友達が車の絵をくれたことを今でも覚えています。 「だれにもあげてはいけないよ。 」 と言ってくれました。 それは引越しを繰り返している間に,どこかへ行ってしまいましたが,友達の優しさは今でも覚えています。 ここで,小学校最後の一番いい思い出をつくって卒業できると思います。 今の友達とは,必ず同じ中学校へ通います。 何年たっても忘れられない思い出を,友達とたくさん作っていきたいです。 学校の思い出とは,友達や先生,学校でいっしょに過ごした人との思い出です。 だから,転校しようと,建物がなくなろうと,思い出はいつまでも心にきざまれています。 このようなことを道徳の時間に学びました。 道徳の本のお話から,様々なことを感じ,考え,自分の生活のことについて考えている,このお子さんの感性がすばらしいと思いました。 道徳の時間というのは,子どもたちの心を育てる大切な時間ですね。 年齢 :50代性別 :男性 職業 :教職員住所:広島市東区 先日,帰り支度を始めた頃,「校長先生に,地域の方からお電話です。 」と,取次ぎを受けました。 私は,てっきり,本校の生徒が事故でも起こしたのかと心配したのですが,その方は,「友達と口げんかをしたことが原因で,娘が高校の塀に落書きをしてしまいました。 それを聞いて,昨日,娘と二人で落書きを消しに行ったのですが,今日,見てみると,うっすらと残っていました。 申し訳ありません。 娘とかわります。 」と続けられました。 電話をかわった小2の娘さんは,とても緊張した声で「高校のへいにらくがきをしました。 ごめんなさい。 」と言いました。 それは,立派なことだよ。 」と言うと,「はい!」というとても元気な声が電話の向こうから返ってきました。 その日は,いろいろなことのあった一日でしたが,この電話のおかげで,気持ちよく家路につくことができました。 正直であることは,ひとに元気を与えるものだということを学んだ一日でもありました。 年齢 :40代性別 :男性 職業 :公務員住所:東広島市 年の瀬も迫った,休日に近所の公園で餅つきが行われていた。 毎年,地域のサークルや自治会が中心となって行われているそうだ。 「よいしょ」「よいしょ」という威勢のいい掛け声と,子どもたちの楽しそうな声がするのでぶらりと公園に立ち寄ってみた。 公園の水のみ場の近くにはもち米を蒸す蒸篭が2組,中央には,土嚢袋で固定した石臼が2臼あり,地域のおじさんたちが中心となって餅つきをしていた。 その周りには,孫を抱いたおじいちゃん,おばあちゃん,若いお母さん,小学生から中学生の子どもたちで賑わっていた。 石臼のそばには,子ども用の杵が用意され,それで餅をつこうとする子どもたちが行列を作っていた。 幼稚園ぐらいの女の子の順番が回ってきて,餅をつこうしたときである。 お父さんらしき人は,臼から少しはなれたところで,娘の姿を写真に撮ろうとしている。 女の子が杵を持ち上げるとその重みでふらふらしている。 「おじさんの頭をつかんようにせえよ」と餅を反すおじさんのことばに,周りは大爆笑。 女の子の振り下ろした杵は,餅ではなく,石臼の角に命中し,これまた大爆笑。 蒸篭の周りも長い行列があった。 蒸しあがった熱いもち米にごま塩をかけて食べるために並んでいるのである。 蒸篭担当のおじさんは自慢げに「こうして食べるんがうまいんで」といいながら,子どもたちの手に蒸しあがったもち米を乗せ,ごま塩をかけている。 このことを聞きつけた,子どもたちのお母さんたちも行列をつくり,手のひらの上に載せられたごま塩米を「熱い,熱い」といいながらも美味しそうに食べていた。 つきあがった餅は,公園の隣にある集会所に運ばれ,丸められていた。 おばちゃんやおばあちゃんたちの出番である。 おばあちゃんの餅をちぎり丸める手際はさすがである。 その周りには,「うちは,もう7個食べたんよ」「できたてのおもちは美味しいね」「みんなで作ると楽しいね」と,できたてのお餅をほおばる子どもや,自分で丸める子どもたちであふれかえっていた。 小さな子どもからおじいちゃん,おばあちゃんまで,世代を超え,みんなで手間暇をかけてついた餅,美味しくないはずはない。 温かい年の瀬の休日であった。 年齢 :40代性別 :男性 職業 :公務員住所:廿日市市 我が家では毎年春になると,旬の味を求めて妻と近くの山へ山菜採りに出かける。 特にこの季節のたらの芽はてんぷらにすると甘くてとても美味しい。 今年も妻とこの味を求めて山に出かけた。 ところが,毎年たらの芽が採れる場所では,枝や幹が折られたり,倒されたりして,頂芽だけでなく側芽を含め芽全体がもぎ取られているのだ。 旬を味わう楽しみが奪われたというより,人間の身勝手さ,貪欲さに寂しい気持ちになった。 その時ふと,私は,祖母の話を思い出した。 祖母の家の庭に植えてある柿にまつわる話である。 秋になると,真っ赤に熟した柿の実を採るのが小学生の私の役目であった。 その折,祖母は柿の木の上のある実のいくつかを必ず残すようにいわれていた。 祖母は,「神様への贈り物」と幼い私に説明していたが,それは,鳥たちにも柿の実を残し,生を受けたものが自然の営みのなかで共に生きていくことへの教えであったと今になって思う。 残した柿の実は,共生する生命たちへの贈り物なのである。 今年の山菜の収穫はいつもより少なかったが,祖母の姿を思い浮かべ,共生する生命に感謝しながら旬の味覚を家族で味わった。 年齢 :50代性別 :男性 職業 :教職員住所:広島市 私の勤務する学校に,近所の方が,次のような便りを届けてくださいました。 ちょっといいはなしなので,ご紹介いたします。 「先日,妻がスーパーでの買い物を済ませ,家に帰ったら財布がないのに気がつきました。 あわてて通った道を辿りましたが結局見つからず,交番に届けました。 半ばあきらめておりましたが,翌日広島西警察署から連絡をもらい,財布は無事に手元に戻りました。 拾っていただいたのは,東広島市から広島観音高校に通う高校生でした。 すぐに礼状(薄謝を同封)を出して,本来ならこれでめでたしめでたしのはずですが,何と本人さんから丁寧な返事が届いたのです。 感動したので,全文ご紹介します。 はじめまして。 今日学校から帰るとお手紙が届いていました。 僕は,当たり前のことをしただけなのに,こんなにも喜んでいただきとても嬉しく思っています。 それからお金(薄謝というんですね,勉強になりました)を沢山いただいてありがとうございました。 大切に遣わせていただきます。 僕は小さい頃からサッカーを習っていて,高校に進学する際,憧れの観音高校を選びました。 夢は観音サッカー部のレギュラーとして国立競技場のピッチに立つことです。 これからも観音高校の校訓である「文武両道」を目指してがんばります。 この度は,本当にありがとうございました。 どうかお身体を大切にしてください。 育てられたご両親もまた素晴らしい方なんだろうと想像がつきます。 」 年齢 :40代性別 :男性 職業 :公務員住所:東広島市 明日は土曜日。 仕事を終えた私は,自宅に帰るための広島市内の停留所からの高速バスに乗り込み,ほっとした気持ちで外を眺めていた。 ふと,バスの通路を隔てた隣の席を見ると,小学校3・4年生くらいの女の子が,窓越しに母親らしき女性に手を振っている。 女の子の横の席には,ふくらんだリュックが置いてある。 私は,きっと泊りがけで,おじいちゃん,おばあちゃんの家にいくのだろうと思った。 広島駅前のバス停で,両手に重そうな買い物袋をもった中年の女性がバスに乗ってきた。 その女性は買い物袋を体の前後に持ち,狭い通路を進みながら空いている席を探している。 車内は,横の席に荷物を置き2つの席を使っている人が多く,ほとんど空いていない。 私も2つの席を使っている一人だった。 私は横の席を空けるため,荷物をひざの上に置こうとしたとき,あの女の子がその女性に向かって「ここ空いています」と小さな声で言いながら手招きしているのである。 思わず,私はひざの上に置こうとしていた荷物をまた,横の席におき,女性がどこの席につくのか気になりつつ,また外を眺めるふりをした。 しばらくすると「ありがとね」の女性の声。 「いいえ,どういたしまして」と女の子の声。 その後は,通路を隔てた隣の席から,私にかすかに聞こえる程度の2人の楽しそうな話し声が続いていた。 家族のこと,学校のこと,勉強のこと・・・・。 しばらく私は隣の席から聞こえてくる会話を楽しみ,その後は眠気に負けしばし休憩。 我が家の近くのバス停を知らせるアナウンスが聞こえ,目が覚めた。 隣では,まだ2人の楽しそうな会話が聞こえてくる。 バスを降りるため席を立ち,隣の席に目をやると。 女性が買ったのであろうパンを2人が分け合って美味しそうに食べていた。

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補正下着

あのねママ聞いてお手伝いをするから あのねママ聞いて ランドセルはピンクがいい

約、9年前くらいに描いてた、漫画です。 めっちゃ懐かしいのですが、この時から僕の頭の中はお花畑だったのだなぁと思います。 youtube. instagram. youtube. youtube. youtube. youtube. youtube. jokersounds. youtube. instagram. youtube. youtube. youtube. youtube. youtube. jokersounds. youtube. instagram. youtube. youtube. youtube. youtube. youtube. jokersounds. youtube. instagram. youtube. youtube. youtube. youtube. youtube. jokersounds. youtube. instagram. youtube. youtube. youtube. youtube. youtube. jokersounds. youtube. youtube. youtube. youtube. instagram. youtube. youtube. youtube. youtube. youtube. jokersounds.

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