ケビン ランデルマン。 ケビン・ランデルマンが亡くなった理由はステロイド?!

ケビン・ランデルマン

ケビン ランデルマン

高所で敵を後ろから羽交い絞めにして、そのまま敵もろとも地面に向かって頭から落ちていき、敵だけを地面に激突させる忍法、その名も飯綱落とし(イヅナオトシ)。 この技の名を聞いたことがある方はどの世代でもけっこうおられるのではないかと思います。 中には本当に忍者が使った技の一つと思ってる方もおられるかもしれないですが、この技の出どころは白土三平の『カムイ伝』で、主人公がイタチの動きから発想を得て習得したものと言われています。 カムイ伝は1964年に連載が始まった漫画ですが、この飯綱落としという技は最近のコンピューターゲームでも登場したりする、「フィクション忍者の必殺技」として創作物の世界では今後も受け継がれていくと考えられます。 なによりこの技の見た目のインパクトが凄く、物理的に「修行をすればできる技なんではないか」と思わされてしまうので、忍者の技の一つであると思ってしまう人がいる可能性もあります。 では、実際の人間対人間でこの技が使われたことがあるのかという、素朴な くだらない 疑問が沸いたので個人的に調べてみました。 もちろん仕事中ではございません。 そもそもこの技が出るとしたらプロレスしかないだろうと思ってプロレス技でいうところの飯縄落としに匹敵する技で探してみました。 おそらく技名をプロレス風に言うならば「雪崩式垂直落下ジャーマンスープレックス」もしくは「(同)バックドロップ」でしょう。 世界中のプロレスの動画や写真を探してみましたが、これがないのです。 惜しいのはあるのですが、やはり「技をかけている側も逆さまの状態で空中にいる」というものがないのです。 相手に与えるダメージとしてはパイルドライバーという技が近いですが、飯綱落としと呼ぶには程遠い技です。 まあ、当たり前ですが、二人とも地に足がついてない状態で、二人とも空中で頭から地面に落ちていくという技なのですから、いくら過激なプロレス興行であってもこれは危険すぎるのでしょう。 そんな時、10年以上前テレビで見た総合格闘技のとある試合をふと思い出し、改めて動画を見てみたところ、その試合こそが「飯綱落とし」にもっとも近い技でした。 2004年に行われた総合格闘技大会「PRIDE」でのケビン・ランデルマン対エメリヤーエンコ・ヒョードルの一戦、試合開始から2分あたりで、ヒョードルの腰を背後から両手で抱え込んだランデルマンは、相手を抱えたままバク転するかのようにそのままジャンプし、ヒョードルを頭から真っ逆さまにマットに叩きつけます。 生放送で見ていた私は、これはとてつもない「事故映像」を見てしまったのではないかと思ったほどです。 しかしながら叩きつけられたヒョードルはすぐさま反撃し、そのまま寝技の体勢でアームロックでギブアップを奪うという、すごい試合展開でした。 あの試合を見た多くの人が、私同様、ひやりとしたと思います。 今だからスローで冷静に見ることができますが、背後から抱え、両者が空中にいて、相手を頭から落とすという点で「飯綱落とし」といえるでしょう。 結論を言いますと、飯綱落としは実戦で起こりうる。 また、高い所にいなくても、怪力があれば可能。 そして何よりすごいのが、受け身すらとる猛者がいるということです。 もちろん、絶対にやってみようなどとは思わないで下さい。 残念なことに飯綱落としを「かけた側」であるケビン・ランデルマン氏は、2016年に心不全で若くしてこの世を去ってしまいました。 素晴らしいファイターであると共に「飯綱落としの使い手」である氏の雄姿が人々の記憶にいつまでも残ることを祈ります。 (酒井記).

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【2004年の格闘技】PRIDE史上に残る番狂わせ、ケビン・ランデルマンがミルコ・クロコップを一撃KO

ケビン ランデルマン

高所で敵を後ろから羽交い絞めにして、そのまま敵もろとも地面に向かって頭から落ちていき、敵だけを地面に激突させる忍法、その名も飯綱落とし(イヅナオトシ)。 この技の名を聞いたことがある方はどの世代でもけっこうおられるのではないかと思います。 中には本当に忍者が使った技の一つと思ってる方もおられるかもしれないですが、この技の出どころは白土三平の『カムイ伝』で、主人公がイタチの動きから発想を得て習得したものと言われています。 カムイ伝は1964年に連載が始まった漫画ですが、この飯綱落としという技は最近のコンピューターゲームでも登場したりする、「フィクション忍者の必殺技」として創作物の世界では今後も受け継がれていくと考えられます。 なによりこの技の見た目のインパクトが凄く、物理的に「修行をすればできる技なんではないか」と思わされてしまうので、忍者の技の一つであると思ってしまう人がいる可能性もあります。 では、実際の人間対人間でこの技が使われたことがあるのかという、素朴な くだらない 疑問が沸いたので個人的に調べてみました。 もちろん仕事中ではございません。 そもそもこの技が出るとしたらプロレスしかないだろうと思ってプロレス技でいうところの飯縄落としに匹敵する技で探してみました。 おそらく技名をプロレス風に言うならば「雪崩式垂直落下ジャーマンスープレックス」もしくは「(同)バックドロップ」でしょう。 世界中のプロレスの動画や写真を探してみましたが、これがないのです。 惜しいのはあるのですが、やはり「技をかけている側も逆さまの状態で空中にいる」というものがないのです。 相手に与えるダメージとしてはパイルドライバーという技が近いですが、飯綱落としと呼ぶには程遠い技です。 まあ、当たり前ですが、二人とも地に足がついてない状態で、二人とも空中で頭から地面に落ちていくという技なのですから、いくら過激なプロレス興行であってもこれは危険すぎるのでしょう。 そんな時、10年以上前テレビで見た総合格闘技のとある試合をふと思い出し、改めて動画を見てみたところ、その試合こそが「飯綱落とし」にもっとも近い技でした。 2004年に行われた総合格闘技大会「PRIDE」でのケビン・ランデルマン対エメリヤーエンコ・ヒョードルの一戦、試合開始から2分あたりで、ヒョードルの腰を背後から両手で抱え込んだランデルマンは、相手を抱えたままバク転するかのようにそのままジャンプし、ヒョードルを頭から真っ逆さまにマットに叩きつけます。 生放送で見ていた私は、これはとてつもない「事故映像」を見てしまったのではないかと思ったほどです。 しかしながら叩きつけられたヒョードルはすぐさま反撃し、そのまま寝技の体勢でアームロックでギブアップを奪うという、すごい試合展開でした。 あの試合を見た多くの人が、私同様、ひやりとしたと思います。 今だからスローで冷静に見ることができますが、背後から抱え、両者が空中にいて、相手を頭から落とすという点で「飯綱落とし」といえるでしょう。 結論を言いますと、飯綱落としは実戦で起こりうる。 また、高い所にいなくても、怪力があれば可能。 そして何よりすごいのが、受け身すらとる猛者がいるということです。 もちろん、絶対にやってみようなどとは思わないで下さい。 残念なことに飯綱落としを「かけた側」であるケビン・ランデルマン氏は、2016年に心不全で若くしてこの世を去ってしまいました。 素晴らしいファイターであると共に「飯綱落としの使い手」である氏の雄姿が人々の記憶にいつまでも残ることを祈ります。 (酒井記).

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ケビン・ランデルマン

ケビン ランデルマン

第5代世界王者。 出身であり、優れた身体能力をベースにした、弾丸のようなによる、そしてを得意とする。 スタンドの打撃(特に左)も強力で、であるやなどをスタンドのパンチでKOしている。 では驚異的な跳躍力を披露するパフォーマンスにあやかって リアル・と呼ばれた。 来歴 [ ] の11人兄弟の家庭に生まれる。 高校時代はレスリングで州王者になっている。 時代はディビジョン1の選手権で2度の優勝に輝いている。 総合格闘技 [ ] 師と仰ぐの勧めでにデビュー。 UFC [ ] 3月5日、UFC初戦となったでに判定勝利。 1999年5月7日、のUFC世界ヘビー級王座決定戦でと対戦し、1-2の判定負けを喫し王座獲得に失敗した。 1999年11月19日、のUFC世界ヘビー級王座決定戦でと対戦し、3-0の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。 6月9日のではを判定で下し王座防衛に成功。 しかし、2000年11月17日に行われたとのタイトルマッチではパウンドでTKO負けを喫し王座陥落した。 PRIDE [ ] 参戦後3連勝したが、でに敗北。 さらにのワンマッチでにで一本負け。 4月25日、のヘビー級グランプリ1回戦でと対戦し、左フックでダウンを奪いパウンドでKO勝ち。 6月20日、の2回戦でPRIDEヘビー級王者のと対戦。 ヒョードルをで頭からマットに叩きつけたが、直後にで一本負け。 2004年12月31日、でミルコ・クロコップと再戦し、で一本負け。 リベンジを許した。 12月、肺の真菌性感染症のため左肺の手術を受け、しばらくの間、病院で闘病生活を送った。 10月21日、1年10か月ぶりの復帰戦となったでと対戦し、で一本負け。 試合後の薬物検査で偽の尿サンプルを提出したとしてから、1年以上の選手ライセンス停止処分を受けた。 初頭、感染症と腎臓のダメージのため、再び闘病生活を送った。 2007年8月、で飲酒運転、速度違反、無免許運転などの容疑で逮捕された。 戦極・Strikeforce [ ] 3月5日のにおいて、への参戦が発表された。 2008年5月18日、でと対戦し、判定勝ち。 4月25日、5年半付き合ってきた白人女性と結婚。 2009年6月6日、初参戦となったでと対戦し、判定負け。 2009年11月7日、でと対戦し、判定負け。 この試合から所属がTapout Training Facilityとなった。 5月15日、でと対戦し、チョークスリーパーで一本負け。 プロレス [ ] 11月17日にへ参戦して以来、総合格闘技と並行して活動も行っていた。 目標とするプロレスラーはで、スヌーカ同様に驚異的な跳躍力を生かした技を得意としていた。 2007年4月のシリーズに ランデルマンが登場、似のキンターマン、似のクロダーマンと組んで参戦。 勝利を呼び込んだ上で、モンスター軍への雇用を求めるもあっさり拒否された。 死去 [ ] 2016年2月12日に家族がランデルマンの死去をFacebookにて報告、死因は肺炎による心不全で、44歳の若さだった。 ヒョードルやミルコ、を始めたとした多くのファイターが追悼の意を表した。 2016年4月17日、で追悼セレモニーが行われた。 人物・エピソード [ ]• 卓越した身体能力から爆発力のある攻撃を繰り出す反面、試合運びや駆け引き等の面では脆さを見せ、本人も「俺はいつも最後にミスを犯す」と認めている。 ミルコに勝った時は大声を発しながら壁を叩き、ヒョードルに負けた時は机を殴るなど感情の起伏が激しい。 2009年に4年半練習してきたで青帯を取得。 本人はこのことについて「俺はUFCのベルトも持っているけど、今の俺にとってはこの青帯のほうが大事だよ」とコメントした。 Universal Vale Tudo Fighting 4 優勝(1996年)• 第5代世界王座(1999年) 脚注 [ ]• MMAWeekly. com 2007年3月16日• MMAWeekly. com 2007年2月18日• MMA WEEKLY 2007年8月16日• BoutReview 2008年3月5日• GBR 2009年11月5日• MMAPLANET 2009年6月7日• MMAPLANET 2010年5月16日• ENTIMPROTS. COM 2016年2月11日• Theresa TRose Randleman 2016年2月12日• 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - Internet Archive• - のプロフィール (英語) 空位 前タイトル保持者 第5代世界王者 1999年11月19日 - 2000年11月17日 次王者.

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