遺体ニュース。 京アニ放火、遺体4人がかりで丁重に運び出し 消防隊員「これ以上傷つけない」救助の全容|社会|地域のニュース|京都新聞

茨城 城里町 住宅の居間に3人の遺体 心中か

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妻・真菜さん(まな・当時31歳)と娘・莉子ちゃん(りこ・当時3歳)の命を奪った池袋自動車暴走事故から1年。 被害者遺族の夫・松永拓也さん(33)の、初の実名告白160分。 松永さんの心の支えは、今でも、肌に残った妻と娘の温もりだという。 事故当日の19日は、いつもどおり、朝7時10分くらいに家を出ました。 お昼休みの、スマホを使ってのテレビ電話も、いつもと同じ。 あの日、2人は、自宅から10分ほどの南池袋公園にいました。 「お父さん、今日は定時? お仕事、がんばってね」 「あれ、珍しく今日は自転車なんだ。 気をつけて帰るんだよ」 「じゃあね」 それが、最後の会話となりました。 僕のスマホに、突如、警察から、「奥さんと娘さんが交通事故に遭いました」という電話がかかってきたのは、午後2時ごろ。 パニックになりながらも電車に飛び乗って、病院に着くと、医師が「即死でした」と。 もう、泣き叫ぶしかなかった。 対面した2人の遺体には、顔に布がかぶせられていました。 まず真菜の顔をめくったらズタズタなんです、もう、傷だらけで。 次に莉子を見ようとしたら、看護師さんが、「娘さんは、見ないほうがいいと思います」。 親族からも、「将来、莉子ちゃんの顔を思い浮かべるときに、あのかわいい顔を思い出せなくなるよ」。 そうか、と思って。 莉子は、その後、業者の方から、遺体を修復するエンバーミングに「顔だけで3日かかります」と言われたほどのひどい損傷でした。 後日、遺体が自宅に戻ったとき、やっぱり、どうしても最後に莉子に会いたくて、顔の布を0. 5ミリだけでも下げようとして、これはダメだとわかりました。 あれ以上、動かしてたら、僕の心は一生壊れていたでしょう。 松永さんが、1つ年下の真菜さんと出会ったのは、13年夏だった。 わが妻ながら、僕は真菜を人間として尊敬していました。 人の悪口や愚痴を言うのを聞いたことは一度もありません。 結婚当時、僕はまだ若くて、家計的にも豊かではありませんでした家族を幸せにできるか不安で、つい彼女の前で弱音を吐きました。 すると、「私も5人きょうだいで、けっして裕福じゃなかったけど、幸せというのは、お金だけじゃないんだよ。 私、今、すごい幸せだよ」。 そんなやさしくて気丈な真菜を絶対幸せにする、と胸に誓いました。 莉子が生まれたのは、16年1月11日でした。 出産は、僕も立ち会いました。 生まれた瞬間には、2人同時に「かわいい!」で、うれし泣きでしたね。 つくづく、あの場にいられてよかったと思うんです。 命の重みというか、一つの生命が生まれるというのはこんなに大変で、神秘的なことなんだと知りました。 大変ながらも充実した子育ての日々が、ずっと続くものだと信じていました。 事故からおよそ1カ月後には職場にも復帰し、事故防止に向けても精力的な活動を続けていた松永さん。 今でも、原動力は、天国で見守っている家族の存在だという。 年明けに、こんな夢を見ました。 少し背の伸びた莉子が、お風呂から1人で出てきたから驚いて、 「えっ、莉子ちゃん。 1人でお風呂に入れるの?」 「そうだよ、すごいでしょ! お父さん」 「すごいね!」 そう言いながら抱きしめてたら、横から真菜がいつのも笑顔で、 「たく! 気持ちはわかるんだけど、体が心配だから、お酒は飲みすぎないでね。 飲むんだったら、コレにして」 と、ポンと炭酸水を手渡されたところで、目が覚めました。 最近、苦手なお酒が増えてるのをわかってたんだなぁ、それにしても炭酸水かぁと、ほんとに久しぶりに笑っている自分に気づいて。 僕はもう取り戻せないけど、これ以上、ほかの人たちの、かけがえのない日常が失われてほしくない。 いつか自分の寿命が尽きたとき、天国で真菜と莉子が出迎えてくれて、僕は1人でも2人でも「命を救うお手伝いができたよ」と報告できたらそれでいいのかなと、そう思うんです。 「女性自身」2020年5月5日号 掲載 外部サイト.

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遺体の飛沫感染リスクは? 医師「呼吸しないため、極めて低い」|【西日本新聞ニュース】

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「遺体は呼吸をしないため、飛沫感染のリスクは極めて低い」。 福岡県に12ある感染症指定医療機関の一つ、九州医療センター(福岡市)の長崎洋司感染症内科医長はそう指摘し「過剰に怖がる誤った認識が広まっている。 今後は医師や感染症の専門家、葬祭業者で情報共有していくことが大事」と訴えた。 同センターでは3月以降、約50人の新型コロナの患者を受け入れてきた。 たんの吸引や人工呼吸器を使うなど飛沫が多く飛ぶ医療ケアの際には、宇宙服に似た防護具(PPE)を着るが、亡くなった後はガウンと手袋、医療用マスクと通常の感染症対策で対応している。 遺体は全体を覆う納体袋を二重にし、それぞれの表面をアルコールで消毒。 遺族には感染リスクを説明した上で、親族2人まで「最後のお別れ」の時間を設けている。 感染の有無は葬儀業者にも告知している。 長崎医師は「感染症防止策として、手洗いがとても大事。 葬儀業者もPPEなどは必要なく、普通にマスクを着用し、接触後は手洗いを励行すれば感染はしないと考える」と話す。 約40年にわたり5千体以上の遺体を検視してきた福岡市早良区の大木實医師も「生前と違い、遺体からの感染リスクは低い」と同様の考え。 「3密」の恐れもある通常の葬儀形式は難しい現状だが「死者の尊厳や遺族のため、対策を講じた上でお別れの場を設けられるのではないか」と話した。 「遺体全体を覆う非透過性納体袋に収容・密封することが望ましい」としており、その上で納体袋の表面を消毒すれば「特別の感染防止策は不要。 遺族が遺体を搬送することも可能」。 遺体搬送や火葬の従事者には手袋の着用、体液や排せつ物の飛散の恐れがある場合にはマスク、ゴーグルの着用も求めている。

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茨城 城里町 住宅の居間に3人の遺体 心中か

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妻・真菜さん(まな・当時31歳)と娘・莉子ちゃん(りこ・当時3歳)の命を奪った池袋自動車暴走事故から1年。 被害者遺族の夫・松永拓也さん(33)の、初の実名告白160分。 松永さんの心の支えは、今でも、肌に残った妻と娘の温もりだという。 事故当日の19日は、いつもどおり、朝7時10分くらいに家を出ました。 お昼休みの、スマホを使ってのテレビ電話も、いつもと同じ。 あの日、2人は、自宅から10分ほどの南池袋公園にいました。 「お父さん、今日は定時? お仕事、がんばってね」 「あれ、珍しく今日は自転車なんだ。 気をつけて帰るんだよ」 「じゃあね」 それが、最後の会話となりました。 僕のスマホに、突如、警察から、「奥さんと娘さんが交通事故に遭いました」という電話がかかってきたのは、午後2時ごろ。 パニックになりながらも電車に飛び乗って、病院に着くと、医師が「即死でした」と。 もう、泣き叫ぶしかなかった。 対面した2人の遺体には、顔に布がかぶせられていました。 まず真菜の顔をめくったらズタズタなんです、もう、傷だらけで。 次に莉子を見ようとしたら、看護師さんが、「娘さんは、見ないほうがいいと思います」。 親族からも、「将来、莉子ちゃんの顔を思い浮かべるときに、あのかわいい顔を思い出せなくなるよ」。 そうか、と思って。 莉子は、その後、業者の方から、遺体を修復するエンバーミングに「顔だけで3日かかります」と言われたほどのひどい損傷でした。 後日、遺体が自宅に戻ったとき、やっぱり、どうしても最後に莉子に会いたくて、顔の布を0. 5ミリだけでも下げようとして、これはダメだとわかりました。 あれ以上、動かしてたら、僕の心は一生壊れていたでしょう。 松永さんが、1つ年下の真菜さんと出会ったのは、13年夏だった。 わが妻ながら、僕は真菜を人間として尊敬していました。 人の悪口や愚痴を言うのを聞いたことは一度もありません。 結婚当時、僕はまだ若くて、家計的にも豊かではありませんでした家族を幸せにできるか不安で、つい彼女の前で弱音を吐きました。 すると、「私も5人きょうだいで、けっして裕福じゃなかったけど、幸せというのは、お金だけじゃないんだよ。 私、今、すごい幸せだよ」。 そんなやさしくて気丈な真菜を絶対幸せにする、と胸に誓いました。 莉子が生まれたのは、16年1月11日でした。 出産は、僕も立ち会いました。 生まれた瞬間には、2人同時に「かわいい!」で、うれし泣きでしたね。 つくづく、あの場にいられてよかったと思うんです。 命の重みというか、一つの生命が生まれるというのはこんなに大変で、神秘的なことなんだと知りました。 大変ながらも充実した子育ての日々が、ずっと続くものだと信じていました。 事故からおよそ1カ月後には職場にも復帰し、事故防止に向けても精力的な活動を続けていた松永さん。 今でも、原動力は、天国で見守っている家族の存在だという。 年明けに、こんな夢を見ました。 少し背の伸びた莉子が、お風呂から1人で出てきたから驚いて、 「えっ、莉子ちゃん。 1人でお風呂に入れるの?」 「そうだよ、すごいでしょ! お父さん」 「すごいね!」 そう言いながら抱きしめてたら、横から真菜がいつのも笑顔で、 「たく! 気持ちはわかるんだけど、体が心配だから、お酒は飲みすぎないでね。 飲むんだったら、コレにして」 と、ポンと炭酸水を手渡されたところで、目が覚めました。 最近、苦手なお酒が増えてるのをわかってたんだなぁ、それにしても炭酸水かぁと、ほんとに久しぶりに笑っている自分に気づいて。 僕はもう取り戻せないけど、これ以上、ほかの人たちの、かけがえのない日常が失われてほしくない。 いつか自分の寿命が尽きたとき、天国で真菜と莉子が出迎えてくれて、僕は1人でも2人でも「命を救うお手伝いができたよ」と報告できたらそれでいいのかなと、そう思うんです。 「女性自身」2020年5月5日号 掲載 外部サイト.

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