ひきこもり新聞。 ひきこもりには説得ではなく対話をー精神科医斎藤環氏・「ひきこもり新聞」木村ナオヒロ氏対談【LITALICO発達ナビ】

ひきこもりには説得ではなく対話をー精神科医斎藤環氏・「ひきこもり新聞」木村ナオヒロ氏対談【LITALICO発達ナビ】

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内閣府はひきこもりを、自室や家からほとんど出ない状態に加え、趣味の用事や近所のコンビニ以外に外出しない状態が6カ月以上続く場合と定義。 専業主婦・主夫は過去の同種調査では含めなかったが、今回は家族以外との接触が少ない人はひきこもりに含めた。 調査は2018年12月、全国で無作為抽出した40~64歳の男女5千人に訪問で実施。 3248人から回答を得た。 人口データを掛け合わせて全体の人数を推計した。 ひきこもりに該当したのは回答者の1. きっかけは「退職」が最多で「人間関係」「病気」が続いた。 40~44歳の層では就職活動の時期にひきこもりが始まった人が目立つ。 内閣府の担当者は、いわゆる就職氷河期だったことが影響した可能性もあるとの見方を示した。 子供の頃からひきこもりの状態が続く人のほか、定年退職により社会との接点を失うケースがあることがうかがえる。 暮らし向きを上・中・下の3段階で聞いたところ、3人に1人が下を選択。 悩み事に関して「誰にも相談しない」という回答が4割を超えた。 調査時期の違いなどはあるものの、内閣府では15~39歳も合わせた引きこもりの総数は100万人を超えるとみている。 今回初めて中高年層を調査したことについて内閣府の担当者は「40歳以上のひきこもりの人もいると国が公認することで、支援が必要なのは若者だけでないという認識を広げたい」と説明。 「若者とは違った支援策が必要だ」と話している。

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中高年ひきこもり61万人 初の全国調査、若年層上回る:朝日新聞デジタル

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北海道・東北• 東海・甲信越• 近畿・北陸• 中国・四国• 九州・沖縄• 自分は「ひきこもり」だと感じている女性が集まり、語り合う「ひきこもり女子会」が各地で開かれています。 男性には理解されにくい悩みや思いもあります。 取材の意図に賛同してくれた当事者に集まってもらい、いつもと同じように語り合ってもらいました。 ひきこもり女子会では、経験者の講演のあと、当事者が車座になって親子関係や人間関係、結婚など、多様なテーマで意見を交わす2部構成で開催されることが多い。 自由に話すのが目的のため、後半のテーマトークは原則取材ができない。 初対面なのに、時間が進むにつれて内面をさらけ出していく。 自分自身を重ね合わせて涙ぐんだり、時には笑いがあったり。 開始時には硬かった表情が、帰り際は別人のように穏やかになっている。 ただ、主婦や家事手伝いという外から見えづらい立場の人もいるため、実際にはもっと多いとの指摘がある。 座談会の様子 座談会、参加した4人の経緯は… 今回の「座談会」の参加者は4人。 過去にひきこもり経験のある人や、結婚して主婦になってからも家族以外の人との関わりがもてない人もいる。 約8年間ほど実家でひきこもった経験がある。 結婚後、専業主婦に。 ここ数年は再びひきこもりがち。 結婚後、専業主婦に。 普段の外出は夫が一緒だが、初めて女子会へ参加したときは命がけで1人で向かった。 高圧的な社長とも合わず解雇された。 母の介護をする一方、パートで働いてきた。 ひきこもり状態になりがちな「グレーゾーンのひきこもり」が長い。 不規則な勤務の職場に就職したが、同僚の無視が原因で、精神のバランスがとれなくなった。 今は同業の別会社でパート勤務。 幼少期から自分を信じられないのが悩み。 女性のひきこもりについて A「メディアで紹介されるのは、たいてい男性の当事者だけれど、女性のひきこもりは結構いる。 初めて女子会に行ったとき、こんなにいるんだと驚いた。 おしゃれな人もいて、街にいてもわからないと思った」 B「結婚しているけどひきこもりですと言ってもあまり理解されない。 結婚して主婦なら家にいて当たり前じゃないと言われる。 外に出たくても自由がきかず、つらいのに、ひきこもりとカウントされないので、悩んでいる」 A「私も結婚したら変わるかもと思っていたけど、あんまり変わらなかった。 人とも会わず、働くほど元気もないし。 結婚して、寄生しているのが親から夫になっただけ」.

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中高年のひきこもり61万人 「生きるのが苦しい」5割 [ひきこもりのリアル]:朝日新聞デジタル

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残暑も終わり、涼しくなり始めた朝。 目覚めると、家にいるはずの両親が見当たらなかった。 寝具や食器は持ち出され、車もない。 居間のテーブルには、わずか2行の書き置きが残されていた。 男性は当時49歳、両親は70代だった。 「今後どう生きればいいのか」。 男性は途方に暮れた。 男性は20代の頃、東京で会社を起こし、広告関係の仕事に携わった。 当初は順調だったものの、大きなプロジェクトの重圧に耐えられず、結婚を考えた女性とも破局。 身も心も疲れ切って、31歳で故郷に戻った。 それからは定職に就かず、自宅で過ごす日々。 知人の勧めで病院に行くと「不安神経症」と診断され、向精神薬を服用するようになった。 経済的に余裕のあった両親に金銭を無心し、酒場に行く夜もあったが、ほとんど自宅にいた。 母に「働いてほしい」と言われた時には、いらいらして冷蔵庫を殴ったこともある。

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