バスケ 渡嘉敷 来 夢。 渡嘉敷来夢の兄弟や父について!年収がやばいバスケの実力!

渡嘉敷来夢/女子バスケットボール 「“食う寝る練習”が作る強い身体」

バスケ 渡嘉敷 来 夢

6cm(渡嘉敷来夢さんが在籍時) 受賞歴 高校時代 2007-2009年インターハイ優勝 2007-2009年ウィンターカップ優勝 2007年・2009年国体優勝 2008年U-18アジア選手権優勝 国際大会 2013年バスケットボール女子アジア選手権 MVP、ベスト5 2015年バスケットボール女子アジア選手権 MVP、ベスト5 日本国内 全日本総合バスケットボール選手権大会ベスト5(2011、2012、2013、2014、2015) Wリーグ ルーキーオブザイヤー(2010-11) Wリーグ レギュラーシーズンMVP(2010-11、2014-15) Wリーグ ベスト5(2010-11、2013-14、2014-15) Wリーグ プレイオフMVP(2012-13、2014-15) 父方の祖父はアメリカ人、祖母は沖縄県出身のハーフというクォーター。 兄の影響で中学生でバスケットボールを始め、中学3年生の時には全国大会ベスト8に選出されました。 その後、2007年、名門・桜花学園高校に進学。 の渡嘉敷健さんだそうです 身長がぐんと伸びたのは中学生のころで、入学式の時は170cmだったのが、卒業する時には185cmになっていたそうです。 高校1年で身長190cmをオーバーし、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)、全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウィンターカップ)ともに3連覇を達成しました。 2008年には高校在学中で史上最年少の16歳で北京五輪代表候補に選出され、メンバーからは漏れたものの最終予選に帯同しました。 また、U-18アジア選手権では初優勝の原動力となりました。 実業団8チーム中6チームからオファーがあり、高校卒業後の2010年、JX日鉱日石エネルギー(当時JOMO)に入社し、バスケットボール部・JXサンフラワーズに加入。 1年目で得点ランキング4位、リバウンド・ブロックショットはリーグ1位を記録し、ルーキーオブザイヤー、レギュラーシーズンMVP獲得とリーグ初のダブル受賞の快挙を果たしました。 2012年1月、右足甲の舟状骨手術により、ロンドン五輪最終予選代表を落選してしまいました。 Wリーグ2012-13より復帰し、2013年、日本代表としてアジア選手権で43年ぶりの優勝に貢献し、大会MVP、ベスト5に選出されています。 2015年4月6日、女子プロバスケットボールリーグWNBAのシアトル・ストームと契約し、日本人で3人目となります。 男子リーグであるNBAの全面的な支援のもと1996年に発足 関係者の間では「日本のバスケットを変える至宝」、「100年に一人の逸材」として大いに期待を集めている存在です。 コーチやチームメートも渡嘉敷来夢を絶賛! 「運動神経が良いタク(渡嘉敷)はディフェンスで貢献している」とジェニー・ブーザックヘッドコーチに言わしめるほど 日本人がアメリカで運動能力を認められることは、これまでのバスケット史上なかったこと から引用 「彼女はすばらしいアスリートで、いいスキルを持っています。 競争心も強く、常に成長しています。 成長するための努力もしていて、このリーグで、世界でトップクラスの選手たちと対戦しながら新しいことを身につけています」 チームのベテラン・ポイントガードで、アメリカ代表選手でもあるスー・バードは、渡嘉敷がストームに来るまで、彼女の存在を知らなかったという。 「シーズンが始まった頃は少し躊躇しているようだったけれど、今は自分のプレーを見せるようになった。 シュートもうまいし、すばらしいゲーム感覚も持っていて、そして何よりもあの運動能力、スピード、すばやくジャンプする能力。 すばらしい才能を持っている」と称賛する。 から引用.

次の

故障を乗り越えウインターカップ3連覇、渡嘉敷来夢「まさか自分がチームの中心になるとは……」

バスケ 渡嘉敷 来 夢

テレビモニターをとおして見ていたそのままの、まさに天真爛漫。 気さくで飾らず、ニコニコと思ったままに話す。 高校時代には8つの全国タイトルを獲得し、最近ではリオデジャネイロ・オリンピックやWNBAでの華々しい活躍がクローズアップされた。 明るい話しぶりも手伝って、そのキャリアは挫折とは無縁に見えるかもしれない。 しかし名門、桜花学園高校に入学する前はバスケットから離れることも考え、在学中は何度も故障に悩まされたという。 当時は桜花学園出身の日本代表選手が多くて、監督の井上(眞一)先生の指導がとても良いと聞いていたので、バスケを続けるなら親元を離れて一生懸命にやりたいなと思って。 その時はサッカーやりたいなって思ってて(笑)。 でも桜花学園に行くと決めた以上は、真剣にやろうと思っていました。 渡嘉敷 正直、バスケはもういいかなって(笑)。 それが思いの外、いろいろな学校から声を掛けてもらったのでこれは続けた方がいいかなと。 渡嘉敷 自分では全然そう思ってなくて。 だからビックリしました。 携帯電話を持っても良くて、結構自由な学校というのもあったんですよね。 逆に、桜花学園は一切そういう自由がないですから(笑)。 だから愛知に行くと遠くなる上に、マメに連絡も取れなくなるので心配されたんです。 でも今思えば、桜花学園を選んで本当に良かったと思っています。 一緒に入った同い年の子たちはみんなトップレベルだし、バスケ用語がよくわからないし。 うまい選手ばっかりで、自分は場違いだなって思いました。 接触プレーも好きじゃなかったし、勝てる感じがしなかったですね。 とにかく頭を使うんですよね。 フォーメーションの数もすっごく多くて、本当に大変でした。 たぶん、ちょっとずつ学べて、ちょっとずつうまくなっていくのが楽しかったんだと思います。 それと井上先生が丁寧にしっかりと教えてくれるので、それに応えたいという気持ちもありました。 いろいろ言われますし、怒られますし。 でも自分はすごく負けず嫌いなので、毎日負けたくない気持ちで練習していました。 渡嘉敷 ヘラヘラしてるからですかね(笑)。 例えば今じゃんけんしようって言われたら勝つまでやりますよ。 チームメートが軽くでもたたいてきたら、たたき返すまで終わらないです。 渡嘉敷 そうですね(笑)。 実際、小さい時からずっと負けず嫌いです。 負けたらもう1回。 引き分けでも止めないし、2勝1敗になっても今度は3勝1敗にしたいからまたやります(笑)。 それとさっき話したような、フォーメーションなど頭を使う練習が多かったですね。 残り何秒とか何分とか。 スタートで出るようになったのは1年生の冬ぐらいです。 中学入学時に170センチ、中学卒業で確か185センチ近くあって。 身長がずっと伸びてて体は高校生だけど骨は中学生で、あとオーバーワークもあって痛くなったんです。 大会直前まで練習に参加できなかったんですけど、チームは自分のことを必要としてくれてスタートで使ってもらいました。 気持ちとしては、3年生のために勝ちたいという想いがすごくありましたね。 渡嘉敷 はい。 でも最初に比べれば段々良くなってきたので、そんなに問題はなかったです。 渡嘉敷 あの時の3年生と一緒だったらいけるという感覚はありました。 今同じチームにいる木林(稚栄)さんとか、日本代表の高田(真希/デンソーアイリス)さんとかもいたので。 自分がミスをしても、3年生がカバーしてくれるし、だから思いきってプレーできました。 渡嘉敷 2年生でしたけど、自分たちの代が引っ張っていく気持ちでした。 その前の国体で負けていたので、ウインターカップでは勝たなきゃいけないしドキドキしながら挑んだ大会、というイメージが強いですね。 左足首の舟状骨という骨が疲労骨折してて。 10月ぐらいから痛くて、でもできるから大丈夫だと思ってたんですけど、病院に行ったらストップが掛かって。 ウインターカップまで1カ月ちょっとバスケットができなくて、でも井上先生、スタッフ、チームメートが協力してくれてしっかり治療ができて、決勝に出られました。 渡嘉敷 はい。 でも10分とか15分とか短い時間で、全然良くなくて。 決勝はすごかったんですけど(笑)。 渡嘉敷 もうそれが皆さんへの恩返しだと思っていたので。 試合後はバタンと倒れて、帰りは松葉杖でしたけどね(笑)。 渡嘉敷 東京成徳には今チームメートで、1個上の間宮(佑圭)さんがいて。 3年生だったので懸ける想いも強かったと思います。 でも自分たちも絶対に負けたくなかったので。 試合中はしんどかったし痛かったですけど、チームメートが「がんばれ!」って言ってくれて、自分としてはやるしかなかったですね。 1カ月動いてなかったので、体が重そうで。 大会前によくお腹が痛くなっちゃうんですよ。 ただ負けることは全然考えていなくて、最後にどういうパフォーマンスができるか、ということだけでした。 お腹は痛いけど、ノリノリだったし一番楽しかったです(笑)。 調子に乗ってたんです(笑)。 自分と岡本と、今ハワイ大学にいる大西(ムーアダイアンまどか)、トヨタ(自動車アンテロープス)にいる水島(沙紀)がいて、負ける気がしなくて。 1年生の時から、自分たちの代では3冠を取るって言ってましたし、それなりの練習もしましたし、自分たちだったら勝てると思っていました。 つらかったし、大変だったし、そのインパクトが強いです。 あの時の成徳はすごく強かったし。 ただ1年生の時の決勝も成徳で(89-68で勝利)、3年生の決勝も成徳で(68-59で勝利)、成徳とはずっと戦ってるんですよ(笑)。 渡嘉敷 そうですね。 井上先生にはめっちゃ怒られましたけど。 負けた時は一番怒られてましたし、だからといって勝ったら必ず褒めてくれるっていうわけでもないんですよ(笑)。 負けた時は「お前がどれだけメディアに取りあげられても、お前が30点、40点取っても、チームを勝利に導けなかったらスーパースターでも何でもないんだよ」って。 名言ですよね(笑)。 その一方でメディアの方々には「100年に1人の逸材です」とか言うんですよ。 まあ、自分は井上先生のこと大好きなんですけどね(笑)。 いきなり電話してきて、「シアトルで着たユニフォームを送れ。 それを家に飾れたら、俺はいつ死んでもいい」とか言って。 送るけどそんなこと言わないでよって(笑)。 渡嘉敷 高校生の時からそうなんですよ。 バスケットから一歩離れたらパパというかおじいちゃんというか。 いい関係です。 入学時にこれだけタイトルを取れると想像していましたか? 渡嘉敷 チームが強いのでタイトルは取れると思ってました。 でもまさか自分が試合に出たりとか、チームの中心になったりとか、そういうのは想像していなかったです。 もちろん試合に出たい気持ちはありましたけど、チームで一番うまかったわけではないので。 チームの中心としてやらないといけない責任感もそうですし、基礎練や反復練習の成果もそうですし、バスケットを好きという気持ちも強くなりましたし、それらが今に活かされています。 毎年同じ場所だから、帰ってきたなという感覚があって。 インターハイや国体は毎回会場が違いますけど、ウインターカップは1年の集大成を東京体育館で見せるという感じなんですよね。 今でも東京体育館に行くと、当時の記憶がバンバン入ってきます。 あそこでプレーできるというのは本当にうらやましいですよ。 実業団のチームに入って、そのありがたみがわかったというか。 今年出場する高校生にも、東京体育館でバスケットをできることがどれだけすごいことかわかってほしいですね。 自分もまたあそこでバスケットしたいって思いますもん。 2年の時はケガもあって大丈夫かなという不安もあって、3年の時は「みんな自分たちを見てー、桜花のショーが始まるよー」って感じでした(笑)。 東京体育館のコートでみんなに見てもらえるという雰囲気に酔っちゃったんでしょうね。 ここにはいい思い出しかないんで、自分はいつ来てもいい気分になれます(笑)。 自分が高校生の時と、今の高校生を比べて変わったことなどありますか? 渡嘉敷 自分たちの代が一番レベルが高いと思っています(笑)。 こういうところで負けず嫌いが出ちゃうんですよね。 でもそこは譲れない。 自分たちより上の先輩方は置いておいて、下の代と比べたら、自分たちが一番強かったですよ。

次の

渡嘉敷来夢(とかしきらむ)がイケメン美人すぎ!兄の渡嘉敷健もイケメン!身長は何㎝?ラムこと日本女子バスケ選手エースの年齢や経歴wikiプロフィールやインスタ写真は?

バスケ 渡嘉敷 来 夢

1991年6月11日生まれ:29歳 東京都北区赤羽出身 桜花学園高校卒(名古屋) 身長:192cm、体重:77kg ポジション:センター 足のサイズ:28. 0cm Wリーグ・JX-ENEOSサンフラワーズ所属 小学校では陸上競技の選手でしたが、兄の影響で中学生でバスケットボールを始め、その後名門・桜花学園高校に進学。 恩師は、桜花学園高校時代の監督、井上真一先生。 今でも月に一回ぐらいは、電話をするそうです。 ちなみに影響を受けたお兄さんは、元ジャニーズJr. の渡嘉敷健さんです。 父方の祖父はアメリカ人、祖母は沖縄県出身だそうです。 さて、渡嘉敷 来夢さんは、日本人女子で初めてダンクシュートをした選手と言われていますが、192cmという恵まれた体は、どう作り、維持しているのでしょうか? Sponsored Links 渡嘉敷 来夢の食生活 あるインタビューの中で「身体の成長の秘訣」を聞かれた渡嘉敷 来夢さんは こう答えています。 「実は好き嫌いが多くて、小さい頃は煮魚や焼き魚をほとんど口にしませんでした。 その代わり、牛乳は毎日たくさん飲んでいましたね。 あとはたっぷりの睡眠です」 「自分を成長させるためには、栄養が詰まった食事と身体をしっかり休める睡眠をバランスよく取る環境が不可欠という事なんだと思います」 「食べることもトレーニングの一環なんだなと。 私の実感としては、カルシウムは本当に重要だと思っています」 やはり、食生活は重要なようですね。 渡嘉敷 来夢の脅威の身体能力! 192cmの恵まれた体格ばかり、注目を浴びていますが、渡嘉敷 来夢さんの本当の魅力は、脅威の身体能力です。 ジャンプの最高到達点はなんと325cm! 縦28mのコートの端からゴールまで、5秒という驚異的なスピード! 「100年に一人の逸材」と言われるのもうなずけます。 ケガだけには気を付けて、より進化してほしい選手です。

次の