いざ なみ ひふみ 誕生 日。 8月9日に生まれた人々/誕生日データベース

10月16日に生まれた人々/誕生日データベース

いざ なみ ひふみ 誕生 日

あらすじ [ ] 古事記 [ ] 伊邪那岐命・伊邪那美命はさまざまな神々を生み出したが、火の神を出産した際に伊邪那美命は火傷で死ぬ。 そのため伊邪那岐命は怒って火之迦具土神を十拳剣で切り殺した(この剣からしたたった血からまた神々が生まれる)。 伊邪那岐命は伊邪那美命に再び会うための国へ赴くが、伊邪那美命は変わり果てた姿になっていたため、おののいた伊邪那岐命は逃げた。 伊邪那岐命は黄泉のを清めるためにをしたが、このときもさまざまな神々が生まれた。 最後に生まれた(日の神、高天原を支配)・(月の神、夜を支配)・(海を支配)はと呼ばれ、伊邪那岐命に世界の支配を命じられた。 神産み [ ] やその他の小さな島々を産んだ伊邪那岐命・伊邪那美命は次に神々を産んだ。 ここで産まれた神はおよび風の神・木の神・野の神といった自然にまつわる神々である。 (おほことおしをのかみ)• (いはつちびこのかみ)• (いはすひめのかみ)• (おほとひわけのかみ)• (あめのふきおのかみ)• (おほやびこのかみ)• (かざもつわけのおしをのかみ)• (おほわたつみのかみ)• (はやあきつひこのかみ)• (はやあきつひめのかみ)• 速秋津比古神と速秋津比売神は以下の神々を産んだ• (あはなぎのかみ)• (あはなみのかみ)• (つらなぎのかみ)• (つらなみのかみ)• (あめのみくまりのかみ)• (くにのみくまりのかみ)• (あめのくひざもちのかみ)• (くにのくひざもちのかみ)• (しなつひこのかみ)• (くくのちのかみ)• (おほやまつみのかみ)• (かやのひめのかみ)• 大山津見神と鹿屋野比売神は以下の神々を産んだ• (あめのさづちのかみ)• (くにのさづちのかみ)• (あめのさぎりのかみ)• (くにのさぎりのかみ)• (あめのくらどのかみ)• (くにのくらどのかみ)• (おほとまとひこのかみ)• (おほとまとひめのかみ)• (とりのいはくすぶねのかみ)• 別名は天鳥船(あめのとりふね)• (おほげつひめのかみ)• (ひのやぎはやをのかみ)• 別名は火之炫毘古神(ひのかがびこのかみ)• 別名は火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)• 火の神・迦具土神を出産したとき女陰が焼け、は病気になった。 病に苦しむ伊邪那美命の吐瀉物などから次々と神が生まれた。 (かなやまびこのかみ、イザナミの吐瀉物から生まれる)• (かなやまびめのかみ、イザナミの吐瀉物から生まれる)• (はにやすびこのかみ、イザナミの大便から生まれる)• (はにやすびめのかみ、イザナミの大便から生まれる)• (みつはのめのかみ、イザナミの尿から生まれる)• (わくむすひのかみ、イザナミの尿から生まれる)• 和久産巣日神には以下の一柱の子がいる。 (とようけびめのかみ) 火神被殺 [ ] 伊邪那岐命は伊邪那美命の死に涕泣したが、この涙から神がまた生まれた。 (なきさわめのかみ) 伊邪那岐命は伊邪那美命をと伯伎国()の境にある(現在の域内)に葬った。 妻を失った怒りから伊邪那岐命は火之迦具土神をで切り殺した。 この剣に付着した血からまた神々が生まれる。 なお、この十拳剣の名前を「(あめのをはばり)」、別名を「伊都之尾羽張(いつのをはばり)」という。 (いはさくのかみ)• (ねさくのかみ)• (いはつつのをのかみ)• 以上、三柱の神は十拳剣の先端からの血が岩石に落ちて生成された神々である。 (みかはやひのかみ)• (ひはやひのかみ)• (たけみかづちのをのかみ)• 別名は建布都神(たけふつのかみ)• 別名は豊布都神(とよふつのかみ)• 以上、三柱の神は十拳剣の刀身の根本からの血が岩石に落ちて生成された神々である。 (くらおかみのかみ)• (くらみつはのかみ)• 以上、二柱の神は十拳剣の柄からの血より生成された神々である。 また、殺された迦具土神の体からも神々が生まれた。 (まさかやまつみのかみ、迦具土神の頭から生まれる)• (おどやまつみのかみ、迦具土神の胸から生まれる)• (おくやまつみのかみ、迦具土神の腹から生まれる)• (くらやまつみのかみ、迦具土神の性器から生まれる)• (しぎやまつみのかみ、迦具土神の左手から生まれる)• (はやまつみのかみ、迦具土神の右手から生まれる)• (はらやまつみのかみ、迦具土神の左足から生まれる)• (とやまつみのかみ、迦具土神の右足から生まれる) 黄泉の国 [ ] イザナミの病と死によって生まれた神々(古事記に基づく) 伊邪那岐命は伊邪那美命を取り戻そうと国へ赴いた。 黄泉に着いた伊邪那岐命は、戸越しに伊邪那美命に「あなたと一緒に創った国土はまだ完成していません。 帰りましょう」と言ったが、伊邪那美命は「黄泉の国の食べ物を食べてしまったので、生き返ることはできません」と答えた(注:黄泉の国のものを食べると、黄泉の住人になるとされていた。 これを「黄泉竈食ひ(よもつへぐい)」という)。 さらに、伊邪那美命は「黄泉神と相談しましょう。 お願いですから、私の姿は見ないで下さいね。 」といい、家の奥に入った。 伊邪那岐命は、伊邪那美命がなかなか戻ってこないため、自分の左の(みずら)につけていた湯津津間櫛(ゆつつなくし)という櫛の端の歯を折って、火をともして中をのぞき込んだ。 すると伊邪那美命は、体は腐ってがたかり、声はむせびふさがっており、の姿をした8柱の(八雷神)がまとわりついていた。 雷神の名は以下の通り。 大雷(おほいかづち、イザナミの頭にある)• 火雷(ほのいかづち、イザナミの胸にある)• 黒雷(くろいかづち、イザナミの腹にある)• 折雷(さくいかづち、イザナミの陰部にある)• 若雷(わかいかづち、イザナミの左手にある)• 土雷(つちいかづち、イザナミの右手にある)• 鳴雷(なるいかづち、イザナミの左足にある)• 伏雷(ふすいかづち、イザナミの右足にある) おののいた伊邪那岐命は逃げようとしたが、伊邪那美命は自分の醜い姿を見られたことを恥じて、(よもつしこめ)に伊邪那岐命を追わせた。 伊邪那岐命は(つるくさ)を輪にして頭に載せていたものを投げ捨てた。 するとの実がなり、黄泉醜女がそれを食べている間、逃げた。 しかしまだ追ってくるので、右の(みずら)につけていた湯津津間櫛(ゆつつなくし)という竹の櫛を投げた。 するとが生え、黄泉醜女がそれを食べている間、逃げた。 伊邪那美命はさらに、8柱の雷神とに伊邪那岐命を追わせた。 伊邪那岐命は十拳剣で振り払いながら逃げ、ようやく黄泉の国と地上の境である(よもつひらさか)の坂本に着いたとき、坂本にあったの実を3つ投げたところ、追ってきた黄泉の国の悪霊たちは逃げ帰っていった。 ここで伊邪那岐命は、桃に「人々が困っているときに助けてくれ」と言って、(おほかむずみのみこと)と名づけた。 最後に伊邪那美命本人が追いかけてきたので、伊邪那岐命は千人がかりでなければと動かないような大岩で黄泉比良坂をふさぎ、が出ないようにした。 その岩をはさんで対面してこの夫婦は別れることとなる。 このとき伊邪那美命は、「 私はこれから毎日、一日に千人ずつ殺そう」と言い、これに対し伊邪那岐命は、「 それなら私は人間が決して滅びないよう、一日に千五百人生ませよう」と言った。 これはの生死の由来を表している。 このときから、伊邪那美命を 黄泉津大神(よもつおほかみ)、また坂道を追いついたから 道敷大神(ちしきのおほかみ)とも呼び、黄泉比良坂をふさいだ大岩を 道返之大神(ちかへしのおほかみ)・ 黄泉戸大神(よみとのおほかみ)ともいう。 なお、古事記では、黄泉比良坂はの伊賦夜坂(いふやのさか;現在の島根県の旧地区)としている。 禊祓と三貴子の誕生 [ ] イザナギの禊ぎによって生まれた神々(古事記に基づく) 伊邪那岐命は黄泉のから身を清めるために、竺紫(つくし)の日向(ひむか)の橘の小門(をど)の阿波岐原(あはきはら;現在の阿波岐原町)でを行った。 衣を脱ぐと十二神が生まれた。 (つきたつふなとのかみ、杖から生まれる)• (みちのながちはのかみ、帯から生まれる)• (ときはかしのかみ、袋から生まれる)• (わづらひのうしのかみ、衣から生まれる)• (ちまたのかみ、袴から生まれる)• (あきぐひのうしのかみ、冠から生まれる)• (おきざかるのかみ、左手の腕輪から生まれる)• (おくつなぎさびこのかみ、同上)• (おきつかひべらのかみ、同上)• (へざかるのかみ、右手の腕輪から生まれる)• (へつなぎさびこのかみ、同上)• (へつかひべらのかみ、同上) 「上流は流れが速い。 下流は流れが弱い」といって、最初に中流に潜って身を清めたとき、二神が生まれた。 この二神は黄泉の穢れから生まれた神である。 (やそまがつひのかみ)• (おほまがつひのかみ) 次に、その禍(まが)を直そうとすると三神が生まれた。 (かむなおびのかみ)• (おほなおびのかみ)• (いづのめ) 水の底で身を清めると二神が生まれた。 (そこつわたつみのかみ)• (そこつつのをのかみ) 水の中程で身を清めると二神が生まれた。 (なかつわたつみのかみ)• (なかつつのをのかみ) 水の表面で身を清めると二神が生まれた。 (うはつわたつみのかみ)• (うはつつのをのかみ) 底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿津見神は、これら三神の子の(うつしひかなさくのみこと)の子孫であるらに信仰されている。 底筒之男神・中筒之男神・上筒之男神は墨江()の三柱の大神()である。 「」も参照 左の目を洗うと(あまてらすおほみかみ)が生まれた。 右の目を洗うと(つくよみのみこと)が生まれた。 鼻を洗うと(たけはやすさのをのみこと)が生まれた。 伊邪那岐命は最後にを得たと喜び、天照大御神に首飾りの玉の緒を渡してを委任した。 その首飾りの玉を(みくらたなのかみ)という。 月読命には夜の食国(をすくに)を、建速須佐之男命には海原を委任した。 日本書紀 [ ] 第五段の本文では、伊弉諾尊・伊弉冉尊は大八洲国を産み終えたあと、海(うなはら)、川、山を産み、次に木祖(きのおや)である(くくのち)、草祖(かやのおや)である(かやのひめ)を生んだ。 またの名は古事記と同様に野槌(のづち)とある。 そして、両神ともに日神(ひのかみ)を生みその神が(おほひるめのむち)である。 次に(つきのかみ)を生み、次に(ひるこ)を生んだ。 三歳になっても脚が立たなかったので(あめのいはくすふね)に載せて風のままに放ち棄てたとある。 最後に(すさのを)を生んでいる。 第五段の一書(一)では、伊弉諾尊が、左手で白銅鏡(ますみのかがみ)を持ったときに大日孁貴が成り出で、右手で白銅鏡を持ったときにが成り出で、また首を回して振り返ったときに素戔嗚尊が成り出でたとある。 そして大日孁貴と月弓尊は、ともに性質が明るく麗しかった。 そこで天下(あめのした)を照らすようにさせた。 素戔嗚尊は残虐な性質だったので降 (くだ)してを治めさせたともある。 第五段の一書(二)では、日月がすでに生まれ、次にを生んだが、三歳になっても脚が立たなかった。 次に素戔嗚尊を生んだ。 を生んだ。 すぐにこの船に蛭児を載せて、流れのままに放ち棄てた。 次に火神の軻遇突智(かぐつち)を生んだが、伊弉冉尊は軻遇突智に焼かれて死ぬ間際、臥しながら土神 つちのかみ の(はにやまひめ)と水神(みづのかみ)の(みつはのめ)を生んだ。 そして軻遇突智が埴山姫を娶 (めと)り、(わくむすひ)を生んだ。 この神の頭の上に蚕と桑が生じ、臍 へそ の中に五穀が生じたとある。 第五段の一書(三)では、伊弉冉尊が(ほむすひ)を生んだ時、子のために焼かれて亡くなろうとする時に、水神のと土神のを生み、また(あめのよさつら)を生んだとある。 第五段の一書(四)では、伊弉冉尊が火神の軻遇突智を生もうとする時に、熱に苦しんで嘔吐し、これが(かなやまひこ)となり、小便が(みつはのめ)となり、大便が(はにやまひめ)となったとある。 第五段の一書(五)では、伊弉冉尊が火神を生んだ時に焼かれ神去られた後、熊野に葬られた旨が記載される。 第五段の一書(六)では、伊弉諾尊と伊弉冉尊はともに大八洲國(おほやしまのくに)を生んだ後、以下の神を生んでいる。 伊弉諾尊が吹いた息が(しなとべ)となる。 または(しなつひこ)と言い風神(かぜのかみ)である。 飢えて弱った時に生んだ子を(うかのみたま)• 生んだ(うみのかみ)らの(わたつみ)• 山神(やまのかみ)らの山祇(やまつみ)• 水門神(みなとのかみ)らの(はやあきつひ)• 木神(きのかみ)らの(くくのち)• 土神(つちのかみ)の(はにやす)• 火神(ひのかみ)の(かぐつち)• 火神により伊弉冉尊が焼かれて死に、伊弉諾尊は号泣して流した涙が(なきさはめ)となる。 そして(とつかのつるぎ で軻遇突智を斬り、剣の鍔から滴った血がそそいで神となった。 以下がその神である。 (みかはやひ)• (ひはやひ)• (たけみかづち) あるいは、• (いはさく)• (ねさく)• いはつつのを• (いはつつのめ)• (くらおかみ)• (くらやまつみ)• (くらみつは) その後、伊弉諾尊は黄泉に入り、伊弉冉尊と話し合った。 古事記と同様の展開があり、泉津醜女(よもつしこめ)や泉津日狭女(よもつひさめ)に追われて逃げ切り、古事記と同様に伊弉冉尊と絶縁を誓った。 その時に伊弉諾尊が投げたものが以下の神となる。 杖:(ふなと)• 帯(おび):(ながちは)• 衣:(わづらひ)• 褌(はかま):(あきぐひ)• 履(くつ)(ちしき)• 塞がっている岩を泉門塞之大神(よみどのおほかみ)またの名を道返大神(ちがへし)と言う。 その後、古事記と同様に禊に移り以下の神を生み出す。 身についた穢れを濯ごうとして、中の流れで濯いだ時生まれた神:(やそまがつひ)• その枉を直そうとして生んだ神:(かんなほび)と(おほなほび)• 海の底に沈んで濯いだ時生まれた神:底津少童命(そこわたつみ)と底筒男命(そこつつのを)• 潮の中に潜って濯いだ時生まれた神:中津少童命(なかわたつみ)と中筒男命(なかつつのを)• 潮の上に浮いて濯いだ時生まれた神:表津少童命(うわわたつみ)と表筒男命(うわつつのを) そうした後、• 左の眼を洗った時生まれた神を• 右の眼を洗った時生まれた神を• 鼻を洗った時生まれた神を 第五段の一書(七)では、伊弉諾尊が軻遇突智を斬り、3つに分断した。 以下が軻遇突智からなった神である。 雷神(いかづちのかみ)• (おほやまつみ)• (たかおかみ) また、軻遇突智を斬った時に、その血がそそいで天八十河(あめのやそのかは)の河原の多くの岩々を染めた。 磐裂神と根裂神がその血から成り出でた神である。 その子がとであり、その子の(ふつぬし)である。 第五段の一書(八)では、伊弉諾尊が軻遇突智を斬って5つに分断し、それぞれが5つの山祇(やまつみ)となった。 以下が5つの山祇である。 (おほやまつみ)軻遇突智の首より• 中山祇(なかやまつみ)軻遇突智の胴体より• 麓山祇(はやまつみ):軻遇突智の手より• 正勝山祇(まさかやまつみ):軻遇突智の腰より• 隹山祇(しぎやまつみ):軻遇突智の足より 第五段の一書(九)では、古事記と同様に伊弉冉尊の話し合い、伊弉諾尊は暗かった為一片之火(ひとつび)を灯した。 すると、伊弉冉尊の身体は膨れあがっていて、その上に八色雷公(やくさのいかづち)がいた。 伊弉諾尊は驚いて逃げた。 すると、八色雷公が追って来た。 その時、伊弉諾尊は道端の大きなの木の下に隠れ、桃を八色雷公に投げつけると、皆逃げていった。 ただ、この桃に古事記のような名は無い。 以下が八色雷公の配置である。 大雷(おほいかづち、伊弉冉尊の首にいる)• 火雷(ほのいかづち、伊弉冉尊の胸にいる)• 土雷(つちいかづち、伊弉冉尊の腹にいる)• 裂雷(さくいかづち、伊弉冉尊の陰部にいる)• 稚雷(わかいかづち、伊弉冉尊の背にいる)• 黒雷(くろいかづち、伊弉冉尊の尻にいる)• 山雷(やまいかづち、伊弉冉尊の手にいる)• 野雷(のいかづち、伊弉冉尊の足にいる) 八色雷公を近づけさせないため、伊弉諾尊は杖を投げた。 その杖を(ふなと)と言う。 本来は来名戸之祖神 くなとのさへのかみ と言ったとある。 第五段の一書(十)では、黄泉の国での伊弉諾尊と伊弉冉尊のやり取りの後、伊弉諾尊が吐いた唾之神(つばのかみ)が(はやたまのを)となり、伊弉諾尊が「縁を切ろう」と誓い掃った神が(よもつことさかのを)となる。 共にに関連する神である。 そして、泉平坂にて、伊弉諾尊に黄泉の道の番人が、伊弉冉尊の伝言を伝える。 その直後 くくりひめ がまた申し上げる。 伊弉諾尊はこれを聞いて誉め、その場を去って、古事記と同様に禊に移る。 以下が伊弉諾尊が吹き出して生んだ神である。 水に入る:磐土命(いはつつ)• 水を出る:(おほなほび)• また入る:底土命(そこつつ)• また出て:(おほあやつひ)• また入り:赤土命(あかつつ)• また出て:大地海原(おほつちうなはら)の諸神(もろもろのかみ) 以上が日本書紀の神産みである。 次は本文の第六段・に繫がる。 脚注 [ ] [] 出典 [ ].

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日本神話「イザナギ、イザナミの物語」

いざ なみ ひふみ 誕生 日

『イザナミ』日本神話の神様|伊邪那美命・伊弉冉尊• イザナミノミコト (伊邪那美命・伊弉冉尊) 古事記に出てくる日本神話の神様『イザナミ』について、わかりやすく解説します。 イザナミ イザナミについて 日本のお母さん的な存在の女神様です。 兄神のイザナギと一緒に日本の島々と神々を産みました。 とにかく沢山の神様を産んだ親神で、日本国土まで産んでくれました。 あの、でっっっかい本島も、イザナミが産んだと言うから、リスペクトしかありません。 イザナギと同じく神世七代の最後に生まれてきて、 日本で最初の夫婦になった神様としても知られています。 名前の意味や由来について 古事記には伊邪那美命(イザナミノミコト)、日本書紀には伊弉冉尊(イザナミノミコト)、女神、妻とも記されています。 なので「 イザナミ(誘う女性)」という意味。 また、イザナギとイザナミのセットで「 互いを誘う神(お互いに呼びかけあう男女の神)」という意味になります。 つまり、死者の国の神様という意味になります。 靴の神様という説も。 黄泉の国へ迎えに来たイザナギが逃げた時に、イザナミが追いついたことから名付けられました。 黄泉の住人に追いつかれちゃう道なんて、欲しくないですけどね... イザナミが出てくる神話 古事記 天と地が別れるといろんな神様が生まれてくる。 イザナミとイザナミは神世七代の末っ子。 別天つ神の命令(無茶ブリ)でイザナミとイザナミは国を作ることに。 別天つ神に渡された矛を海に刺してクルクルしたら島ができる。 日本初の島。 イザナミがいきなり「男子の出っ張ってるところと、女子のヘコんでるところをジョイントすれば国ができるんでない??」と誘ってくる。 人々が国に住めるように島々を生み、人々の暮らしを守るために神々を産む。 とにかくバンバン産む。 イザナミが火の神を産むと、陰部を大火傷して死んでしまう。 死んでしまったイザナミにどうしても会いたくて、死者の住む黄泉の国へ行くことに。 カクカクシカジカあって、それまで不死だった人に寿命ができ、1日1000人死に、1日1500人が産まれることになった。 日本書紀 鶺鴒(セキレイ) 国を産むためにエッチをしようと思い立ったイザナミとイザナミ。 しかし、やり方がわからずに困っていると、どこからかセキレイが飛んできた。 そのセキレイが尻尾を上下に振っている姿を見て二神は、エッチの方法を知る。 このことから、セキレイは「 教え鳥」や「 恋教え鳥」と呼ばれるようになった。 この神話から昔は婚礼の儀式の時には『 鶺鴒台』と言う、つがいのセキレイの床飾りを供えていた。 (余談だけど、一血卍傑の鶺鴒台の元ネタもこれ。 ) 三貴神の誕生 日本書紀ではイザナミがアマテラス、ツクヨミ、スサノオも産む。 これは、彼女の死の原因となったヒノカグツチを産んだのが、三貴神の後だったから。 その他、日本書紀の一書(あるふみ=別説のこと) ・イザナミが葬られた場所は、比婆山ではなく、紀伊国の熊野の有馬村。 ・黄泉の国から逃げたイザナギと、イザナミは黄泉平坂で言い争い、ククリヒメに仲直りの仲介をして貰う。 イザナミの伝承の地 島根県出雲市古志町 出雲国風土記に『 古志の郷』の名前の由来が残っています。 古志の郷は昔、郡家(こおりのみやけ)という昔の市役所的なところに属していました。 そこでの生活に水が必要になったので、イザナミが生きていた時代に、日渕川の水を引いて池を築きました。 今では、日渕川という名前の川は残っていませんが、神戸川の近くに比布智神社という名前の神社が残っています。 出雲国風土記には、今で言うと各市町村の市役所と市役所内の市や村や町、(神社などが)役所との方向や距離について記されています。 美濃国一宮 南宮大社 イザナミが火の神であるカグツチを生む時、炎の熱さに苦しみ嘔吐しました。 この嘔吐から金山彦神(カナヤマヒコ)という神様が生まれました。 現在も美濃国の一の宮の神様として祀られています。 その他 また景気の名前で「イザナミ景気」なるものがあるとか。 ちなみに「神武景気」「岩戸景気」「イザナギ景気」などもあるそうです。 その他、日本神話に関する名を持つ小惑星の中に「イザナミ」もあるそうです。

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日月神示

いざ なみ ひふみ 誕生 日

古事記の日本神話『イザナギとイザナミ』をラノベ風に現代語訳してみた• 日本神話『イザナギとイザナミ』• イザナギとイザナミ え、だから、まぐまぐってなにって??なっ、なっ、えっっ、何何何???? ・ ・ ・ ちょ ・ ・ ・ 待っっっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ !! こうして2人はトントン 拍子 ( びょうし )に初夜を迎えた。 すると、イザナミはすぐに 身籠 ( みごも )り出産をした。 しかし2人の間に最初に生まれた子供は、ヒルのような形をした『ヒルコ』だった。 ちゃんとした島にならなかったので、仕方なく小さな船に乗せて海に流すことにした。 2人はまたまぐわったが、次の子も海にふよふよと浮く泡のようで、できそこないの『 淡島 ( あわしま )』だった。 こうして2回もちゃんとした子供を産めなかったイザナミは意気消沈してしまった。 まぁ!なんて素敵な殿方なんでしょう!! こうしてサラッと2回目の結婚式を終えた2人がまぐわうと、今度は次々と立派な島が生まれてきた。 2人は最初に産まれた島を『 淡路島 ( あわじしま )』と名付けた。 うまく形にならず、海に流してしまった淡島を忘れないようにと思いを込めた。 次に生まれたのは 伊予 ( いよ )の島『四国』。 この子は、体はひとつなのに顔が4つもついていた。 なのでそれぞれに、エヒメ、イヒヨリ、オホゲツ、タケヨリと名前をつけた。 次に、 隠岐 ( おき )の島。 次に、 筑紫 ( つくし )の島『九州』。 この子も体がひとつのくせに顔が4つもあったので、それぞれに、シラヒ、トヨヒ、ヒムカイ、タケヒと名前をつけた。 そして、 壱岐島 ( いきのしま )、 対島 ( つしま )、 佐渡島 ( さどしま )、 大倭豊秋津島 ( おおやまととよあきつしま ) 本州 と次々に日本の島を産んだ。 これらの島々は、.

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