国光 あやの。 国光文乃とは

議員事務所での働き方改革パートタイムやテレワークなど適材適所の働き方で多様な人材を確保。残業を減らしながら多大な効果!国会議員でも「やれば、できる!」

国光 あやの

議員事務所での働き方改革 パートタイムやテレワークなど適材適所の働き方で多様な人材を確保。 残業を減らしながら多大な効果!国会議員でも「やれば、できる!」 「医師であり厚生労働省出身、現在は国会議員。 長時間労働が当たり前のブラックな環境ばかりで働いてきましたが、そんな私にとって働き方改革はライフワークです」とにこやかに、かつ力強く語る国光あやの 衆議院議員。 2019年3月には弊社にコンサルティングのご依頼をいただき、約8ヶ月間で多様な改革を実現。 今期を振り返る「最終報告会」では他の議員や秘書、官僚、経営者、そして小泉進次郎 環境大臣にもご出席いただいて、熱い議論が交わされました。 その様子をご紹介します。 「国会議員事務所での成功事例を伝えることで、改革の波を議員や官僚全体に広げていきたい」という思いから、弊社の小室がモデレーターを務めるシンポジウム形式で開催しました。 さまざまな形式で、取り組みの集大成を発表する場としています。 登壇者には、国光議員ご本人のほか、めざましい改革を次々と実施しておられる大塚倉庫株式会社の大塚太郎 代表取締役会長、厚生労働省改革若手代表チームを代表して久米隼人さんをお迎えし、さらには小泉進次郎 環境大臣も急きょ駆けつけてくださって、それぞれの立場から非常に有意義な発言をしていただくことができました。 この日、会場にお集まりいただいたのは現役議員や秘書、中央省庁職員といった顔ぶれ。 「長時間労働を減らす」というテーマで議論すること自体、「国民のみなさんに申し訳ない」とする風潮があり、働き方改革が進みにくい組織といえます。 しかし実際は、国会こそ、議員こそが、早急に働き方を変えていかなくてはなりません。 なぜなら、国会での無理な働き方は、永田町・霞ヶ関だけでなく、関連企業やマスコミも巻き込んで、さまざまな面で疲弊を引き起こしているからです。 ご自身でさまざまな取り組みを続けてこられましたが「やはり1人で改革するには限界がある。 さらに深めたい!」との思いから、旧知の仲である小室にご依頼をいただいたのです。 国光議員は、働き方改革が進みにくいことを痛感しながらも積極的な改革を続けています。 これに尽きます。 できないと思うからできないんです。 やり方を間違えることはあっても、それは正せばいいんです。 とにかくやってみる。 私もまずは自分の足もとから改革しようと事務所の改革をスタートさせました」 働き方改革に関心を抱くようになったのは、出産・育児がきっかけ。 結果、時間当たりの生産性を上げるしかないと気づいたのです」 スピーチの冒頭、「今年4月に施行された働き方改革関連法、2020年4月からはいよいよ中小企業にも適用されます。 国会議員の事務所も例外ではありません。 われわれの仕事は膨大です。 国会では予算、制度設計、地元ではみなさまのご意見をヒアリングして実行に移すなど、それこそ無尽蔵。 霞ヶ関も状況は同じです。 ライフとワークの両立に頭を悩ませる必要のない社会を作っていきましょう」と力強く呼びかけた国光議員。 実際にどういった取り組みをされているかを詳細にご紹介くださいました。 議員事務所にしては多いほうです。 ただし、フルタイムはごく一部の方だけで、パートタイムやテレワークを活用し、多様な人材をそろえています。 「地元・茨城県は、他の地方都市と同様、深刻な人手不足。 ブラックなイメージの強い議員事務所にフルタイムで勤めたいと言ってくださる人は稀です。 ではどうするか。 そうすれば、各スタッフの持ち味を活かしながら時間当たりの生産性をぐんと上げることができます。 これからも人手不足は深刻化ます。 「それぞれの立場から付箋に書き出すと、できているようでできていなかったことが具体的に見えてきます。 それに対しては必ず1対1で相談に乗るようにしています。 資料のクラウド化(ペーパーレス化)• でその日やること、やったことなどをすべて共有• テレワーク、男性育休取得など、働き方改革の推進• プロに頼んだほうがいい部分はアウトソーシング• 徹底的にICT化 「一般企業で活用されている営業支援ツールやマッピングのアプリなども、議員事務所では広まっていません。 私の事務所ではそれらを積極的に取り入れて効率化をはかっています。 3倍、しかも前年は4ヶ月かけたところを1. 5ヶ月で達成 「時間当たりの生産性を上げることは、結局、国民のみなさんのためになります。 そのための働き方改革だと考えています」 平成から令和へ。 時間については、育休だけでなく介護や病気の治療など多様な要因で制約を持ちながら働く人がどんどん増えていきます。 最後まで時間制約なく走り抜けられる人のほうが珍しいでしょう。 多様な人材がフラットに働ける組織を作り上げることが必要です。 「人間の集中力が発揮できるのは起床後13時間以内。 それ以降は酒気帯びと同程度に、さらに15時間を過ぎると酒酔い運転と同じくらいしか集中力が保てないというデータがあります。 また、睡眠は6時間以上とらないと精神の疲労が回復されないこともわかっています。 短時間の睡眠しか確保できない状態で長時間労働を続けたら、ミスや事故につながるのは当たり前。 そのカバーで翌日も費やし、クレーム処理でストレスをさらに抱え、メンタル疾患や過労死を引き起こす。 まさに悪循環です。 長時間労働をなくすことと同様にインターバル規制の義務化が重要といえます」 3年前と現在を比較すると、「時間制約を持つ人をいかに活用するか」の重要性も明らかです。 1人でやらず、チームでのパスまわしを上達させていくイメージです。 平成から令和へと時代は変わりました。 今すぐ働き方改革に着手し、スピーディに成果を上げなければ、この国は財政破綻に一直線です。 しずみつつある「人口ボーナス山」から、男女が効率よく多様性を持って働ける、青々とした「人口オーナス山」にうまく飛び移るためには、今のやり方から決別することです。 ますます深刻化する少子高齢化の現実を目にすれば、猶予がないことは明らかですが、今ならなんとか間に合います。 みなさんの組織が、そしてこの国が人口オーナス山に飛び移れるよう、一致団結して動いていきましょう。

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国光文乃とは

国光 あやの

経歴 [ ] の(行政区分は)に生まれる。 家は代々続くみかん農家であったが、父親が建築系の会社員で転勤族であったため、小学校入学前に島を出る。 、を卒業。 翌年、に勤務し 、にに入る。 省内では介護保険や、がん検診、災害対策、診療報酬などに従事した。 この間、渡米し、 UCLA 公衆衛生大学院に学び、課程を修了。 その後、大学院で課程を修了した。 自民党の政治塾に入り 、元のの後継者に指名され 、1月に厚生労働省を保険局医療課課長補佐を最後に退職 、2月にから丹羽雄哉の後継者として次期総選挙に正式に出馬することを表明した。 その後、自民党公認を得て、以後、正式に立候補するまでとの病院に勤務した。 2017年ので自民党公認候補として茨城6区から出馬。 同選挙区からとの候補者も出馬し、新人3人の選挙戦となった。 選挙の結果、希望の党と共産党の候補者を破り、初当選した (希望の党のは比例で復活当選)。 6月7日にに入会した。 平成31年2月、当選1回ながら予算委員会 NHK中継 で質問。 厚労省出身の立場から労働統計不正問題に食い込むとともに、農業用電力の価格高騰阻止に前向きな答弁を引き出した。 永田町の働き方改革の一環で、自らの議員事務所も、コンサルタントに依頼し働き方改革を行い、秘書の残業時間の縮減と実績の向上を成し遂げた。 新型コロナウイルス対策で、医師と感染症対策の経験から、メディア出演が多い。 現在も、地元茨城で医師として診療を続けており、石岡市医師会病院での休日夜間診療などを担当している。 家族 [ ] 夫 国家公務員 、長男 小学生 政策 [ ]• を評価する。 消費増税の先送りを評価する。 の成立を評価する。 安倍内閣による問題への取り組みを評価する。 法を評価する。 安倍内閣による・への対応を評価する。 ・からまで教育を無償化すべきだ。 財政赤字は危機的水準であるので、国債発行を抑制すべきだ。 の審査に合格したは運転を再開すべきだ。 を堅持すべきだ。 日本の防衛力はもっと強化すべきだ。 消費税増収分は幼児教育の無償化や高等教育の負担軽減に使うべきだ。 に賛成。 改正すべき項目として、、憲法改正の手続、を挙げる。 脚注 [ ]• 2019年8月30日. 2019年12月17日閲覧。 2017年10月26日閲覧• 2017年10月26日閲覧• 産経新聞. 2018年6月7日. 2018年6月8日閲覧。 日本語 , 2020年5月15日閲覧。 マイナビニュース 2019年12月18日. 2020年5月15日閲覧。 BS-TBS. www. bs-tbs. 2020年5月15日閲覧。 20200515閲覧。 kunimitsu-ayano. 2020年5月15日閲覧。

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私の決意

国光 あやの

私の地元の茨城県は、人口あたりの医師数が全国ワースト2位。 医師不足は全国的にも問題となっていますが、医師が都市部に集中し、偏在していることによって引き起こされています。 そこで行政が取り組んでいるのが「医師確保計画」です。 厚労省にいた頃から私も携わっている計画で、昨年法案が成立し、今年 1 年間をかけて都道府県ごとの計画を立てているところです。 医師確保計画では2次医療圏ごとに必要な医師の数を明確にし、その数の達成を目標に取り組んでいきます。 それと同時に医師が過剰な地域に対しては、医療の需要を把握できるようにデータ化する「外来医療の見える化」 も 進めています。 例えば 、 「港区には心療内科のクリニックが多い」と分かれば、開業する際 の 地域選定の 参考 になります。 データをもとに医師が自分で選択できるようにしている点がポイントです。 つくば市など南部エリアには医師が集まりますが、北部エリアは医師の確保が難しい状況です。 その打開策として国が取り組んだのが、臨床研修制度や専門医制度の改定です。 例えば、筑波大学で臨床研修や専門医プログラムを選択した場合、一定期間は医師が不足する地域で研修を受けてもらうようにする体制が整ったのです。 そうすることで、 医師不足が解消されると同時に、研修医にとっては総合的な臨床能力を身につけられるメリットがあります。 もう 1 つ、筑波大学でも取り入れているのが「地域枠」の学生の募集 です。 奨学金制度の 一 種として研修後9年間は茨城県内の医師不足地域で臨床をしてもらう制度で、同大学でも140人の定員のうち約40人は地域枠の学生です。 4、5年後には、地域枠を使って臨床に携わる医師が300人を超えますので、その人員によって 医師 不足地域の医療は満たされるでしょう。 そうした取り組みの成果もあり、へき地医療に興味を持ってくれる若い医師たちも徐々に増えてきています。 医師不足は、現場で働く医師の力 だけ では解決できない問題です。 そうした問題を、制度や仕組みづくりによって解決していく。 そこに政治家としてのやりがいを感じています。 母が薬剤師だったこともあり、もともと医療は身近な分野でした。 医師になろうと決心するきっかけになったのは、高校時代に同じ柔道部だった友人が練習中に大きなケガをしたこと。 麻痺が残 り 苦しんでいる姿を見て、 自分に 何かできないだろうか 、 と思うようになったのです。 ちょうど試験問題で読んだ『遠き落日』の影響を受けて、アフリカで医療活動に尽力した野口英世の生き方に興味を持ったのも同じ頃。 熱帯病の研究に力を入れていた長崎大学を志望したのもそのためです。 長崎大学に入学してからは熱帯病の研究に夢中になりました。 夏休みには途上国の医療を見るために、アフリカや中東、東南アジア、南米に行 き ました。 熱帯医学研究会というサークルを立ち上げ、マラリヤや住血吸虫症の研究をしている先生を手伝いながらフィールドワークを実践。 ガーナにあった野口英世の研究所も訪問し、まさに夢に描いていた世界を突き進んでいたのですが、途上国を頻繁に訪れるうちに少しずつ気持ちが変わってい きました。 貧しい国では 、 疾患予防のために「汚い水を飲まないでください」「薬を飲んでください」と言っても、なかなか生活習慣としては取り入れてもらえません。 貧しさゆえに知識がなく、薬を買うこともできない状況なのです。 そうした現実を目の当たりにして、疾患そのものよりもその背景にある社会構造に目が向くようになりました。 大学4年生の時に、厚労省の医系技官の方が講義をしに来てくださったのですが、それがとても面白く、将来の選択肢として厚労省 への入職 を考えるようになりました。 また、研修医として救急医療やへき地医療に関わった経験も、その後の進路に大きく影響しています。 特に救急の現場で児童虐待を受けた患者さんを診療したことは、強く印象に残っています。 日本にも弱者の社会構造が生まれているのだと、ショックでしたね。 私がアフリカで見た世界に似ている 、 と感じたのです。 「お子さんにちゃんとご飯を食べさせてください」と家族を責めるのではなく、その背景を考えて支援してあげなければならない。 医療だけではなく、社会や経済状況を支える政策を行わなければ、社会的に弱い立場の人たちを助けることはできないと思いました。 医系技官としてどのような取り組みをされていたのでしょうか? 診療報酬の改定や介護保険制度の見直し業務 など に携わっていました。 介護保険制度の見直しでは、介護予防のサービスを新たに組み込むなど、現場の意見を聞きながらより適切な保険制度になるように制度を整えていきます。 専門医の研修をプログラム制にする専門医制度や、総合診療専門医の立ち上げにも担当として関わりました。 総合診療はこれからますます需要が高まる分野です。 そのため専門医として位置づけることで、国内に広く浸透することを目指しました。 臓器ごとの縦割りの診療科では、各分野の医師がそれぞれ1人ずつ必要だったところ、総合診療医であれば全体を2人で診ることができますので、医師不足の対策にもつながります。 厚労省に入職してからは、臨床医だった時には見えなかったものが見えてくるようになりました。 その一つが財政問題です。 高齢化と高額な薬剤の開発によって、医療費は年々高くなっています。 今後、その流れはますます加速するでしょう。 医療を提供するためには、財政を考えることが欠かせません。 さらに、財源を確保しながら社会全体の活力を維持するためには、経済力もなければならない。 それまでは医療ことばかりを考えていたのですが、財政や経済といった医療の背景にあるものに目を向ける必要性を感じるようになり、解決に向けて動くためには政治の道しかないと思うようになったのです。 持続可能な医療制度と社会保障制度を作っていきたいと考えています。 本当に必要なことは公的にサポートしながら、民間の医療関連サービスの力も借りていく こと。 私たちはそのための支援をしていきます。 また茨城県での取り組みとしては、医師の偏在を是正することと、財源を確保するため の イノベーションを推進していきたいです。 つくば市には国立と民間の研究所が多くあり、イノベーションシティとしても知られています。 医療費が抑えられる薬品や医療機器の開発に力を入れていますので、そうした開発への支援も 今後は 重要です。 高齢者や認知症患者がベッドから転倒するのを防ぐ「見守りセンサー」のようなデバイスや、医師が自宅でも検査画像を診ることができるシステムなど、IoTの活用は医療業界の人手不足の解決に欠かせません。 今後はつくばが発信する技術を全国に、そして世界に広げていくことが目標です。 そうした質問をされることもありますが、「私にできたのだから大丈夫」と いつも 答えています。 女性であることや子育てを理由に 、 諦める必要はありません。 私の場合、キャリアを築くことと子育てはどちらもやりたいことでした。 そこで、 私が 実践したのが、仕事の仕方を工夫すること。 通勤時間にメールを下書きして、職場に着いたらすぐに送信。 業務のクラウド化を進めて、徹底的に時間あたりの生産性を上げるようにした結果、20~30%は時間を短縮できました。 私と同じように小さな子どもを育てている女性議員はまだ数えるほどしかいませんが、やりたいという思いがあればぜひチャレンジしていただきたいです。 医師にしても政治家にしても、キャリアを諦めずにステップアップを目指してほしい。 専門職のキャリアアップとワークライフバランスは、必ず両立できると思います。 私が政治家を目指そうと思ったのは30歳を過ぎてからです。 それまではまったく想像していなかったのですが、その時々に真剣に考えたことが次のステップにつながりました。 人生は一期一会。 若いうちは出会った人とのご縁を大切にして、自分の持ち場で真剣に取り組んでいけば、自然と自分の道が見つかるでしょう。 そして志を立てたら、その道に向かって一生懸命頑張ること。 若いうちに、興味のあることを突き詰めていく経験も大事です。 私自身、途上国医療や熱帯病研究を突き詰めていったからこそ、政治家の道にたどり着いたのだと思います。 実はその時の経験が、今 1 番役に立っています。 私が居酒屋で身につけた、相手の背景にあるものを想像しながら話をする能力は、 医師 にも政治家にも求められているからです。 医療だけでなく他の分野にも目を向けながら、幅広く経験を積んでいってほしいと思います。 3 PROFILE.

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