輸送連合艦隊。 [証言記録 兵士たちの戦争]トラック諸島 消えた連合艦隊|番組|NHK 戦争証言アーカイブス

突入!海上輸送作戦とは (トツニュウカイジョウユソウサクセンとは) [単語記事]

輸送連合艦隊

突入!海上輸送作戦とは、「」において、に実施された(期間限定域)である。 実施期間は~。 通称名は「(イベ)」。 事前情報 、漁に勤しむたちに、にて。 その後や「」などで報じられた内容を総合すると、• 規模は中規模(「そんなに大規模な展開ではない」)• 最近のと同じく甲・・の難度選択あり• 甲では複数の艦隊戦が必要=出撃識別札(通称「お札」)が濃厚• の肝は艦艇を用いたなどによる「輸送」• にある円形の への艦艇を用いた輸送を体とした 前段 と拡 後段 を展開予定• 練度の高いやがとても重要だが編成もあり、• 最大4隻の新がされる• 2隻のやとなる戦で沈んだ、大 が• などとのも可• ある操作をすることでがすることも?• 「はもう少しわかりやすい形でしたい」 などとなっている。 「 」• 正規「 」• 「 」• 「 」 の4人が新規された。 なお、前述したように「複数の艦隊が必要」と告知されていた通り、 E-1からお札が存在し、難度選択によっては札が貼られたを別域に投入することがとなる。 加えて、E-1からであるため、 12人のに一気に札が貼られることとなる。 今回が初めてのであるや、戦に余裕のないはをよく確認し、難度選定を慎重にしてに臨まれたい。 今回のお札については、難度選択に関わらず~に出撃したに「 輸送」、E4に出撃したには「 」が貼られ、甲中の場合もう片方のへは出撃できなくなる。 お札や選択、など、限定のに関しては前回の記事「 」も参照されたいが、後述の「輸送護衛部隊」など変更されているところもあるので注意されたい。 ちなみに、やもさすがに懲りたのか、 いつもどおりは間ほど延長されたもののいわゆるE-0問題()は発生しなかったようである。 しかし、終了直前の内容告知中に で障が発生、からのが一時するというがあった。 作戦内容 第1ステージ 【輸送作戦!前路掃討】 ショートランド泊地沖 上輸送が発された!これに先立ち、が を以て、域の前路掃討を実施する!艦隊、抜錨せよ! 最初の域。 今回は上述の通り最初のから の出撃となり、しかも出撃制限につき『 輸送』のお札がつく。 例によってを選択すれば気にしなくてもよいが、甲・で進行するならば艦隊編成の選別は慎重に。 論、部隊で進むか機動部隊で進むかも予め決定してう。 針路は北回りと南回りで2通り存在し、北回りは部隊や群が待ち受けるので部隊だと厳しい闘いになる。 一方、南回りはが2隻で待ち構えるHが門。 どちらが格段に楽、というわけでもないが、や戦を考えた上で最適な選択を。 としては初登場の14年と同じく、E-1の旗艦として再び登場した。 加えて甲では随伴にはが出現し、のを固めるのでなかなかに倒しにくい。 もっとも、のような化け物じみた装甲を持っているわけではないので、のやの攻撃で一撃大破も見込め、や正規多めの艦隊ならば戦の間に勝負のつくことも多いだろう。 報酬は特注具、給糧艦(ともに甲共通)、補強増設(甲のみ)、熟練見り員(甲のみ)。 なは、(ともに複数で)、、など。 第2ステージ 【コロネハイカラ沖海戦】 コロネハイカラ沖 いよいよ上輸送を実施する。 精強ながを以てへの上輸送を実施せよ! 第2域。 このは輸送であり、物資揚陸用の艦隊編成で揚陸地点(J)に到達し、付近の敵艦隊を撃滅することで輸送了させ「輸送揚陸」をにするのが的である。 よって、 Jを通過しないでへ到達し、撃破してもは減らない。 この方法は次のとも共通している。 の減少する値は艦艇に搭載した(・搭載可)や大発動艇(編成できる中ではのみ搭載可)の数、更ににSorAしたかによって異なる。 また、減らすべきの数量も甲・200・と異なるため、難度選択と搭載するの数により出撃回数はかなり異なってくるであろう 進撃は上中下の3になるが、上・中はを含み、下はフラ重3隻を含む艦隊と殴り合うことになる。 は初登場となる。 どう見てもさんです より一回り強なであり、としては初めてとなるを装備している。 あちらのも味方のを低下させると思われるため、こちらもと弾を使う 、ではなく連撃装備にするなどの対策を採りたい。 また、本人は装甲と硬くでないと大が与えられないものの、取り巻きは・で柔らかいため、を出して開幕時に敵の数を減らしてに臨むことでSのを高めることもできる。 なお、後のにも当て嵌まるがこの域はあくまで「輸送揚陸をにする」のが的なので 艦隊旗艦()が撃破できなくても(破壊)は可。 破壊可時になるとのや敵艦隊の編成が強化されるが、がになればをできるので破壊を前に何度出撃してもが倒せず足踏みし続ける心配は少ないだろう。 ただしA以上を勝ち取れなければならない点は注意が必要だが。 報酬は応急・給糧艦、(ともに甲共通)、補強増設(甲のみ)、勲章(甲のみ)。 は、、、など。 なお、は最終域での固定要員となるため、初めて入手した場合は育てておくことを考えよう。 第3ステージ 【抜錨!海上輸送部隊】コロネハイカラ島東方沖 による強行輸送に続き、大規模な上輸送部隊を投入、多くの輸送物資の揚陸を図る。 大規模上輸送部隊、抜錨! 第3域。 における最終となるので、着任して日が浅いはこのまでを本の標にしてみよう。 引き続き、や大発を搭載した艦艇で艦隊を組織し、所定のを通過してを撃破する。 こちらの域は必ず揚陸であるGを通過することになるため、逸れの心配はない。 この域では 難度の選択に際して留意が必要である。 をするとE-4の甲選択がになるため、 報酬のTは を掘り当てない限り入手できなくなる。 このはと回避を強化したと言える高性機であるため、・E-4と高難度にチャする意義もあるだろう。 本域では変形のである「輸送護衛部隊」を編成することになる。 輸送できる・大発の数も増えるため、もその分増える(甲0・・)。 この「輸送護衛部隊」は通常の打撃部隊・機動部隊とは異なる編成が要される。 まず、 第1艦隊には4隻が必須であり、は2隻、・・・巡は編成不可となる(航戦・航巡は編成可)。 また、 第2艦隊は通常のに近いが3隻が必須、旗艦はのみ、・航巡は2隻まで、巡やは編成不可である。 また艦隊部施設を所持しているなら持たせて損はない。 減少量は低下するが、そもそもまで辿り着けなければどうにもならない上、このも同様でを撃破する必要性が低いのだから。 中は3存在し、揚陸で合流してに至る。 このうち、中央・下では初登場となるが出現する。 これはが味方並みに少ない一方、を込んでもにされ、「の撃が有効打にならない、の撃や、(大艦の場合は)副が有効」とからがあるなど、特殊な挙動を示すようである。 では装備をするとともに戦では中を出して極を抑えるようにしたい。 あとは祈れ。 はイベに引き続き登場する である。 当然を飛ばしてくるため、こちらもや()を用いて制優勢を得るか、限敵の弾着観測射撃をできるような編成・装備が望ましい。 ただし今回は時のと違い単縦で攻めてくるので先制や撃が命中率・破壊共に高く、しかも今回は編成の都合上やが中心の艦隊で挑むしかない為、随伴艦がうまく片付いたとしてなかが削れず1基で暴れに暴れまわる、なんてもにある。 掘り狙いでSを狙うならば、を惜しまず投入しないとかなり厳しい。 中にしろ戦にしろ、このは艦隊がといっても過言ではない。 報酬は「」(甲共通)、修資材、勲章(ともに甲のみ)、四式聴音機(甲のみ)。 は、、、、 限定のに加え、が初登場から1年を経て念願のを果たしている。 第4ステージ 【西方戦線!機動部隊派遣】西方海域戦線 ステビア海 別方面を実施する。 大規模な別働部隊を域に、同域の敵増援戦を漸減すると共に友との接触を図れ! 第4域。 ここからは後段(拡)となる。 からは「 別働」とにされている。 このには先のE-1~へ出撃したが出撃できず、またこのへ一度でも出撃したには 別働のお札が貼られ、E-1~へは出撃できなくなる。 なお、次のが最終面となるので、を狙うはこのを甲かのいずれかでする必要がある。 再びを組むであるが、は来るぞ来るぞと言われ続けてきた。 これにより艦隊を対潜特化にするのは困難でに突入すると的……かと思いきや• 補正によりでも対潜が戦と同じように入る• 同じく補正により対潜重視の第一警航行序列(通常艦隊の単横に相当)を選択しても撃・撃の低下は顕著ではない• 巡を第2艦隊に組み込めるため、戦と開幕撃で艦を減らしてから対潜行動しない艦がをにできる• は開幕撃をしない• 吸引の変わらないただ一つのと言えどはかばえない と様々な要素が重なり、条件はそこまで悪くはない。 とはいえ第2艦隊はソナー・爆満載の編成にするのが望ましいだろう。 前述のとおり、甲難度最終形態ではがきわめて強になるが、のいるJとが待ち構えるMでSを収める(もしくは旗艦のみ撃破する)とする(効果のは任務と同じく午前)。 機動部隊で到達するとのやが変化するためを確認できるが、打撃部隊での出撃、破壊前の削り時にがあるかはいずれも明示されていない。 報酬は勲章、熟練搭乗員(ともに甲共通)、修資材、洋上補給(ともに甲のみ)、ともに艦上であるT(甲のみ)、T(のみ)。 はで新規である に加え(ともに難度不問)が出現するほか、複数でも獲得可である(M、)。 更に、のいるJとのMではLeioやもするほか、Mの場合はこれらに加えと同じく1年前の以来音沙汰のなかったも確認されている。 第5ステージ(最終決戦) 【乗り越えろ!バニラ湾夜戦!】 への輸送を遂する! を基幹とした少数精鋭の艦隊で、敵待ち伏せを食い破れ!艦隊、出撃! 本の最終。 輸送と戦の2本のがある。 難度を問わず札による出撃制限はいが、 旗艦固定 +4必須という制限がある。 進撃揚陸地点手前で合流する。 制御に当たっては・・の3人がし、外したり加えたりすることで進撃を決定できる。 なお、揚陸地点の次のではが3o隻出現する。 甲選択や掘りなどで必然的に出現回数の多くなるは、リー任務の上やろ号を受けておくと大いにはかどることだろう。 いずれにしても、2回はをくぐり抜けなければならないのでや弾といった装備が欲しいところ。 通常艦隊・によるなので資材の消費こそ少なめだが、大破撤退が頻発する為資材よりもむしろE-5到達までに のがどれだけ確保できているかの勝負でもある。 は初登場の。 ほど理不尽なではないものの、ことを二回りほど強化したを誇り、甲破壊可時には開幕撃を放つ。 随伴艦も後期orであり、軽めでもを出しておくと効果的である。 本域はまず・同様輸送(甲・・)が存在し、これを破壊することで戦(こちらも難度により長さが異なる)になる。 また、 戦時にはE-4と同じくが存在する。 これはである発動にはHやなどで出現するを複数回撃破することが必要である。 発動しているかどうかは頭にかぶった が脱げているかで確認できる。 も変化している模様…? なお、この による装甲低下は戦に変わってから倒した数がントされるので、輸送を破壊するまではを何隻倒しても装甲破砕が適用されない点に注意。 報酬は「」(甲共通)、勲章 甲は2つ、は1つ 、 甲のみ である。 では、で新規の「」(Aでも獲得可)、「」のほか、複数ので「」「」「」のが見込める。 関連動画 関連静画 関連コミュニティ 関連項目• 新登場• の 前回 次回 開催年 -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- - - -- -- -- -- -- -- -- -- -- 脚注• 諸にあるバンはほぼ円形のである。 撤退後、このに展開するへの輸送とそれに伴う戦が発生した。 中でも、がその身と引き換えにに大打撃を与え、「中最もしく戦った」とも称されたバンが一つのになるのではないかと噂されている。 このうち、については「展開次第では」との保留がついている。 1年前の「」第2域突破報酬であったは、同じく第3域突破報酬のと並び、1年に渡って以後のや通常域での獲得機会がなかった。 後に開設された湾・柱両泊地などでは所属者が未所持となっている。 前「」最終域のは装甲~と常軌を逸した硬さを誇り、何の対策もしなければ本来であるもに終わってしまう。 これに通常のようなを与えるには、中意味ありげに配置されていたの旗艦(正確には基地・だが)を一定回数以上撃破してをさせる必要があった。 この効果は日をまたぐとされてしまうため「」などと呼ばれたが、からこのようながあることが正式に発表されたのは開始から3日が経ってからであった。 まとめの報告によれば、・大発搭載でもAすれば18獲得できるため、甲でも最高で18回にAを納めればできる計算になる。 一方、装備を全て大発・で埋めてSすれば以上獲得できるため、ならできるが、この装備でSするのはほぼであろう。 この為、戦は「二戦の航跡」、及びは「次発装填、再突入!」になっている。 こちらに戦が存在しないため偵は発動せず、弾着観測射撃も発動しないので電探やなど他の装備を積んだ方がよい。

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第2部2章レイテ沖海戦(5/10)悲劇の特攻艦隊 輸送船団を殲滅して死ねというのか!?

輸送連合艦隊

艦隊編成 太平洋戦争中の艦隊編成 解説 連合艦隊の誕生は1894年(明治27年)、日清戦争に際し、常備艦隊(第一艦隊・第二艦隊)と警備艦隊を同時に統率する司令部を編成したのが最初である。 最初の連合艦隊は日清戦争後に一度解散している。 1903年(明治36年)12月、日露戦争に際し再び連合艦隊は編成され、当初は常備艦隊である第一艦隊・第二艦隊で編成されたが、後に第三艦隊と、新設の第四艦隊も合わせて指揮をとるようになった。 この時も日露戦争後の1905年(明治38年)12月に再び解散している。 1922年(大正11年)、大正12年度編制から従来の臨時編制制度であった連合艦隊を常設することとなった。 これにより第一艦隊司令部が連合艦隊司令部となる。 この制度は太平洋戦争中期の1943年(昭和18年)5月まで続くこととなる。 太平洋戦争中の連合艦隊は、海軍の水上艦艇の大部分を指揮する組織であり、軍令を司る軍令部さえも上回る権力を持つ組織として肥大化していく。 そして主目的であった米艦隊(連合国軍艦隊)撃滅の為の兵力整備に重点を置いたため、海上交通線保護といった本来海洋国家の海軍たる本来の任務を忘れていた。 (というかこの当時の日本海軍に商船保護という考えは殆ど無かった。 ) 1943年(昭和18年)、連合艦隊は従来の艦隊決戦方式から航空・空母優勢方式に変わると指揮官陣頭指揮の方針を変換し、後方からの指揮に専念することとなる。 これによりは解隊され、・を合わせたを編制し、これを含めた全艦隊の指揮を後方から行うようになる。 のちにこの方法が徹底され、従来の艦船(旗艦)からの指揮を中止し、陸上施設(日吉台指揮所)に司令部を移すようになった。 また本土防衛が急務となると上位組織として海軍総隊が組織され、連合艦隊・海上護衛総隊・各方面艦隊・各鎮守府・各警備府が指揮下に編入されるようなった。 だが海軍総隊司令部は連合艦隊司令部が兼任しており、制度上の問題でしかなかった。 これにより海軍は海軍の保有する全ての兵力を連合艦隊司令部に押し付け、本土決戦へと突き進んでいくのと同義となった。 太平洋戦争開戦当時の艦隊編制。 (連合艦隊司令長官、) 第一段階作戦完了後、インド洋作戦・珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦当時の艦隊編制。 ミッドウェー海戦敗戦後。 ソロモン方面海戦(初期)当時の艦隊編制。 ガダルカナル島撤収後、ソロモン方面海戦(中〜後期)当時の艦隊編制。 (連合艦隊司令長官、) ソロモン方面撤収後、あ号作戦(マリアナ沖海戦)当時の艦隊編制。 (連合艦隊司令長官、) あ号作戦(マリアナ沖海戦)敗戦後、捷号作戦(レイテ沖海戦)当時の艦隊編制。 沖縄戦当時の艦隊編制。 終戦時の艦隊編制。 1937年(昭和12年)、従来大陸に展開していた(旧)第三艦隊の戦力が膨大な数となり、さらに(旧)第四艦隊が編制・投入されると、それを統率する為に支那方面艦隊が組織された。 その後さらに新設された(旧)第五艦隊と、連合航空隊が投入される。 これにより(旧)第三〜第五艦隊の3個艦隊(後に〜に改称)と4個根拠地隊で編制され、一時はを超える戦力となった。 日華事変が泥沼化し、太平洋戦争の機運が強くなると艦隊戦力は縮小され南方攻略部隊に転出されていく。 その為太平洋戦争中、支那方面艦隊は陸戦隊を中心とした部隊となっていた。 組織上は連合艦隊と同格の司令部であったが、大陸方面が対米戦にとっては主戦線ではない上、大陸に展開している陸軍の支援的立場であった為、戦力的にはほとんど意味の無い戦力といえた。 太平洋戦争開戦当時の艦隊編制。 (司令長官、(後、大将に昇進)) 第一段階作戦完了後、インド洋作戦・珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦当時の艦隊編制。 ガダルカナル島撤収後、ソロモン方面海戦(中〜後期)当時の艦隊編制。 (司令長官、) ソロモン方面撤収後、あ号作戦(マリアナ沖海戦)当時の艦隊編制。 (司令長官、) あ号作戦(マリアナ沖海戦)戦・捷号作戦(レイテ沖海戦)敗戦後の艦隊編制。 終戦時の艦隊編制。 連合艦隊の指揮下にあり、外戦部隊(艦隊)の内、攻勢作戦兵力以外の治安維持部隊を指揮させる(押し付ける?)べく組織されたというべきだろうか。 1943年(昭和18年)9月、を編入。 11月にはを二分してを新設して東インドネシアに配置した。 だが米軍の侵攻は日本軍の予想を違え、フィリピンに直接に侵攻した為、は遊兵化した為解隊された。 また米軍の侵攻ににより直接交戦状態となったと、フィリピン戦開始により編入された第一航空艦隊を指揮したが、後方に取り残される形となった・とは1945年(昭和20年)2月に新設されたに引き継がれた。 1945年(昭和20年)5月、が連合艦隊司令長官になると、序列上の問題から南西方面艦隊を連合艦隊が指揮するわけには行かない為(本当にまともな軍事組織なのか、日本海軍は?)、指揮下を離れ大本営直轄部隊に切り替えられた。 南西方面艦隊を新編制。 第一段階作戦完了後、インド洋作戦・珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦当時の艦隊編制。 (司令長官:) ミッドウェー海戦敗戦後。 ソロモン方面海戦(極初期)当時の艦隊編制。 ソロモン方面海戦(初期)当時の艦隊編制。 (司令長官:) ガダルカナル島撤収後、ソロモン方面海戦(中〜後期)当時の艦隊編制。 航空戦力の一部(・解隊)を南東方面に抽出し、補充の航空艦隊()を新設。 米軍の西部ニューギニア及びフィリピン侵攻に備えて艦隊を新設・再編制した当時の艦隊編制。 あ号作戦(マリアナ沖海戦)敗戦後の艦隊編制。 (司令長官:) 捷号作戦(レイテ沖海戦)後、フィリピン決戦当時の艦隊編制。 (司令長官:) 沖縄戦当時の艦隊編制。 フィリピン戦後、遊兵化した戦力の整理と、後方地域となったマレー方面の戦力をとして分離した。 終戦時の艦隊編制。 本来、この方面を担当する水上艦艇部隊の第八艦隊と、航空戦を担当する基地航空部隊であるを統一指揮するようになった。 もっとものラバウル進出時からはの指揮を受けるようにとのことだったため、それが正式化されただけである。 その為南東方面艦隊とはいっても、実体は司令部がそのまま業務を引き継いでいるのだが。 編制前も、編制後もソロモン諸島の最前線で戦い抜いた部隊である。 だがガダルカナル島からの撤退後、絶対国防圏構想によって、防衛態勢が整うまで限られた条件下で連合軍の侵攻を食い止め時間を稼ぐはずが、連合軍の猛攻の前に本来内南洋防衛に回すべき資材・器材までも動員する形となり、それでも尚敵の侵攻を食い止めることが出来ずに戦い抜くこととなった。 1944年(昭和19年)2月、後方拠点として南東方面の全部隊を支えていた中部太平洋最大の根拠地トラック島が米機動部隊の空襲により機能消失した為、ソロモン方面の戦線を維持出来なくなり、撤退が決定された。 以後一部の航空部隊・水上艦艇と、多数の地上員を残して最前線の最大拠点ラバウルは、その価値を失った。 南東方面艦隊は指揮下に無力化された ・ 隊を残したまま自給自足態勢に移行。 終戦の日までラバウルに在って生き延びることとなる。 1945年(昭和20年)5月末、連合艦隊司令長官にが就任。 同期であり、また経験が多いという理由から南東方面艦隊を指揮するに対する指揮権がない為、南東方面艦隊はの指揮から離れ大本営直轄部隊に指定された。 (このあたりの事情は と同様) だが、かつての最前線であったラバルウに取り残される形となり、戦いよりも生き延びることに苦心していた現地部隊にとっては制度上の問題は既に関心がなかった。 元々はにおける支援作戦の一環として占領したアリューシャン列島西部に位置するアッツ島・キスカ島を占領したことによる。 だがミッドウェー作戦の失敗により、当初の計画では一時的な占領にとどめ、陽動作戦とするはずであったが、そのまま占領を継続することとなった。 もとより主戦線ではない北方方面において、両島を防衛する戦力は殆ど無く、僅かな守備隊が現地に駐留しているだけであっった。 だが1943年(昭和18年)5月、アッツ島に米軍が上陸を開始。 アッツ島守備隊が玉砕する事態となった。 北方方面の米軍の動きを察知し、を新編。 合わせてと合わせて北東方面艦隊を編制したが、編制が完了したときには既にアッツ島は玉砕。 残されたキスカ島守備隊をどうするかが急務となった。 同年7月、キスカ島守備隊の撤収が完了。 これにより千島列島沖の哨戒任務が主な任務となる。 だがもとより主戦線ではない北東方面は特に戦闘が発生することも無く、偶に来襲する米航空部隊との防空戦闘が主任務となった。 1944年(昭和19年)10月、既にマリアナ諸島を失い、戦局の主はフィリピン攻防戦に移っていた。 指揮下のは北東方面艦隊所属のまま南方に抽出され、に参加する(レイテ海戦・志摩部隊)。 12月、艦隊再編制によりは正式にの指揮下に移籍されることとなる。 これにより水上艦艇部隊を失った北東方面艦隊は解隊が決定した。 防空任務はが引き続き任務を継承し、千島列島・樺太方面はが担当することとなった。 (両部隊とも司令長官が兼任) 開隊以来僅か1年余り・・・殆ど戦闘を経験することなく北東方面艦隊は消滅した。 水上打撃部隊であると、空母機動部隊であるを合わせて編成された艦隊であり、日本海軍の主力遊撃艦隊、決戦部隊と言える。 元々日本海軍に根付いていた連合艦隊主義ともいえる指揮官先頭による大艦巨砲主義的な艦隊編の方針転換を図った艦隊なのだが、実際のところ旧来の戦艦部隊()では戦局にまったく寄与出来ないというソロモン戦での教訓によるところが大きい。 これにより低速戦艦部隊を主力から外し、高速艦艇による前衛部隊としての戦艦・巡洋艦部隊()と、主力としての空母部隊()という2段構えの艦隊編制を行った。 同時に全戦域での作戦指揮をとる為に連合艦隊司令長官による陣頭指揮は廃止され、合わせて直卒部隊であったを解隊させた。 第一機動艦隊の司令長官は主力たる空母部隊、司令長官が、を統率指揮することとなった。 艦隊の初陣はあ号作戦であり、大小合わせて9隻の航空母艦と、『大和』『武蔵』をはじめとする主力戦艦部隊も投入された。 だがは失敗に終わり、空母3隻と艦載機300機以上を失う結果となった。 艦隊はこの後もフィリピン決戦、にも参加するが、決戦戦力としての第一機動艦隊はこのあ号作戦で壊滅したと言っても良いだろう。 1944年(昭和19年)10月、フィリピンに侵攻する米艦隊を撃滅すべく第一機動艦隊は再び戦場に赴く。 北方から戦艦部隊からなる遊撃部隊( 基幹+)と、北方より米機動部隊を吊り上げ、囮となって遊撃部隊のレイテ湾(米軍上陸部隊集結地)突入を支援する空母部隊( )である。 この海戦では本来主役を務めるべき空母部隊が既に艦載機群を失い、実戦力足り得ないため囮任務を引き受け、その間に残された戦艦部隊による泊地突入作戦が行われた。 結果、空母部隊は残存空母の内、出撃可能な4隻の空母を投入して米機動部隊の目を引き付け、囮として北方への誘致に成功したが、参加した4隻全てを失うという事態になった。 さらに戦艦部隊も戦艦『武蔵』をはじめ、多くの艦艇を失い、また傷ついた。 そしてレイテ湾突入を目前に米艦隊(護衛部隊)と交戦。 これを撃退に成功するも湾内突入ならずして作戦は終了した。 ( も12月、解隊) はの指揮下に入り、翌年の(菊水作戦)に投入されることとなる。 所属戦隊 1944年(昭和19年)3月 新編時(司令長官:(37期)) (司令長官:(38期)) (第一機動艦隊司令長官直卒) (附属) 最上 解説 1944年(昭和19年)3月、の指揮下、内南洋防衛の為のとし、航空作戦を行う為に新編制されたを統率する中間艦隊である。 1944年(昭和19年)2月以降、中部太平洋最大の根拠地トラック島が空襲によって壊滅。 これによって南東方面最大の根拠地ラバウルと、同方面の作戦を中止し、内南洋防備を早急に固める必要が出てきた。 元々南東方面が内南洋をはじめとするを固める為の時間稼ぎの戦域だったにも拘らず、トラック島が壊滅したことによって当初考えられた構想の一角が崩壊してしまった。 その為急遽マリアナ諸島防衛の為の戦力再編制が必要となった。 内南洋・マーシャル諸島各地に散って防衛を担当する第四艦隊と、その地域における航空作戦部隊としてのであったが、パラオをはじめとする各地の飛行場が米機動部隊によって各個撃破されるに及び、は戦闘をすることなく壊滅的打撃を受けていく。 その為早々には解隊され、その航空戦力はに引き継がれることとなった。 また有力な水上艦艇を持たず、根拠地隊のみで編制されていたも各地に分断される形となり、なんら戦局に寄与することが出来なかった。 結局、あ号作戦の敗戦により中部太平洋艦隊司令部は、その所在地であったサイパン島に米軍が上陸することによって玉砕。 その後解隊されることとなった。 所属戦隊 1944年(昭和19年)3月 新編時(司令長官:(36期)) (直卒) 第五特別根拠地隊 第三十根拠地隊 (司令長官:(39期)) (中部太平洋方面艦隊司令長官直卒) (附属) 五十鈴 第四気象隊 解説 1945年(昭和20年)2月、インドシナ担当の、インドネシア担当の、両方面の防空・航空作戦を担当していたが、それまでのから分離・独立して編制された中間艦隊である。 米軍のフィリピン侵攻の結果、本土と切り離される形となった南西方面の内、西から迫る英軍の反攻に対応する、フィリピン侵攻の際にスルーされたインドネシアの、南西方面全域の防空を担当していたの3個艦隊が纏まって編制され、その統率には第司令部が兼任した。 だが有力な水上艦艇は殆ど残っておらず、残存艦艇も南方資源を積んだ艦艇、輸送船団による特攻船団を編成し本土に送り込んでしまった。 結果ほとんど陸戦隊、根拠地隊しか残っていない状況であり、大規模な戦闘を行うことなく遊兵となって、そのまま終戦を迎えた。 フィリピン戦後の取り残された各部隊を纏めただけの組織といっても過言ではなかった。

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瑞鳳改二乙

輸送連合艦隊

文字どおり、複数の艦隊を連合させたもの。 旧の連合艦隊が有名。 概要 の部隊編成の中で最上位のもの。 『聯合艦隊』とも表記される。 最初に連合艦隊が編成された時において、日本海軍には主力艦の『常備艦隊』と二線級の艦で構成された『警備艦隊』があったのだが、『警備艦隊』の扱いをどうするかで調整が行われ、最終的に『警備艦隊』を『西海艦隊』に改名の上、双方の艦隊の上位に位置する艦隊司令部を置くことで決着が図られ、『連合艦隊』となった。 指揮官は連合艦隊司令長官、陛下より任官を受ける親補職である。 主要艦や航空部隊を指揮下に収める、 帝国海軍の代名詞的存在の艦隊である。 ただし、『日本海軍=連合艦隊』ということではなく、あくまでも 日本海軍の中の実戦部隊に過ぎず、連合艦隊に所属しない艦艇もある他、も連合艦隊司令部の指揮下になかった。 そのため、連合艦隊司令長官は天皇に直属するとはいえ、軍令部総長や海軍大臣より上位にある地位ではない。 しかし、における『連合艦隊』は日本海軍の戦力のほとんどを指揮下に収めて作戦を主導し、多大な影響を及ぼした。 組織的な詳細や特徴については、も参照。 歴史 当初は戦時、演習時において随時編成される形であったが、1923年以降は常設となった。 太平洋戦争では、1944年10月のまでの完膚無きまでの敗北による艦艇の喪失との枯渇もあって、大規模かつ組織的な艦隊行動が不可能な状態になった。 1945年5月には、連合艦隊司令長官が指揮官を兼務し、日本海軍の全戦力を所管する 海軍総隊が創設されて再編成が行われたものの、を始めとするによる拠点襲撃によって壊滅的な被害を受け、最後は敗戦によって解体された。 主な連合艦隊司令長官 太平戦争開戦時、26代・27代 太平洋戦争終結時、31代 連合艦隊旗艦 日清戦争時に創設されて以来、1944年9月に連合艦隊の司令部が地上に設定されるまで旗艦が指定され、連合艦隊司令部が指定された艦に置かれていた。 奇しくも最初と最後の連合艦隊旗艦はともに巡洋艦であった。 :日清戦争時の連合艦隊旗艦。 日清戦争では北洋艦隊と砲火を交え、最終的に本土にある北洋艦隊の根拠地へ追い込み、北洋艦隊の降伏によって残った北洋艦隊のすべての艦を鹵獲して北洋艦隊の息の根を完全に止めた。 :日露戦争時の連合艦隊旗艦。 での活躍が有名である。 戦艦 :三笠爆沈事件を受けてのピンチヒッターで、日露戦争は終わっていたものの事件の時点では連合艦隊は解散していなかった。 日露戦争の凱旋観艦式では、こちらが日本海軍の代表を務めている。 戦艦 :連合艦隊が常設になってから最初の連合艦隊旗艦。 以下の榛名までは持ち回りで連合艦隊旗艦を担当したため、太平洋戦争開戦時の連合艦隊旗艦でもあった。 戦艦 :太平洋戦争開戦時の連合艦隊旗艦であった長門から連合艦隊旗艦任務を引き継いだ。 戦艦 :大和より司令部設備が充実していたため、連合艦隊旗艦に指定された。 :最後の連合艦隊旗艦で、連合艦隊司令部設置場所論争の犠牲者。 実際に海戦へ出撃して直接交戦した連合艦隊旗艦は『松島』と『三笠』の2隻だけである。 『大和』も太平洋戦争において、ミッドウェー海戦へ出撃しているが、交戦することはなかった。 連合艦隊旗艦が出撃した戦い• (黄海海戦、威海衛の戦い)• (黄海海戦、)• () 『』の連合艦隊 2014年8月に開催された『』で初実装されたイベント海域でのみ使用可能なシステムで、連合艦隊での出撃を指定された海域でしか使えない。 編成するの種類によって、を中心とした「空母機動部隊」と、を中心とした「水上打撃部隊」の2種類に分けられる。 いずれも中心となる艦娘は第1艦隊で編成し、第2艦隊はを中心とした編成になる。 2015年11月に開催された『』からは、これに水雷艦を中心にした「輸送護衛部隊」が新たに加わった。 編成方法は以下の通り。 所定の編成をした第1艦隊と第2艦隊を用意する。 第2艦隊は遠征に出していないこと。 編成したい種類を選び、編成完了。 艦隊の艦娘の編成を変えるなどで連合艦隊の条件を満たせなくなった場合も、連合艦隊の編成が自動的に解除される。 戦闘の際は、空母機動部隊と輸送護衛部隊は第2艦隊から、水上打撃部隊は第1艦隊から攻撃を行う。 いずれも敵艦隊及び最初に攻撃する艦隊の 命中率がマイナス補正されている(水上打撃部隊の時は特に)。 また、どの編成もは第1艦隊のみ、開幕雷撃及び雷撃戦とは第2艦隊のみ可能。 の初期装備・艦隊司令部施設を第1艦隊の旗艦に装備していると、戦闘中に大破した艦娘に護衛の1隻を随伴して撤退させ、残った艦隊で進軍を継続する事が可能となっている。 ただし、撤退させた2隻の艦娘は疲労度が溜まった状態となってしまう。 また、 一度の戦闘で2隻以上大破したら1隻しか離脱できないので注意。 素直に撤退するしかない。 なお、が使ってくることはなかったが、のイベント海域では、 ボス艦隊として2艦隊が同時に出現する事がある。 ある意味深海棲艦版の連合艦隊であるが、こちらは先にボス以外の艦隊を撃破する事で同時出現を回避できる。 その後ブラウザ版で追加された中部海域のEO海域6-5「KW環礁沖海域」にてついに深海棲艦版連合艦隊が実装された。 通常艦隊で戦わなければならないため、まず相手の護衛艦隊(第2艦隊)を一定以上潰さなければ夜戦で本隊(第1艦隊)を攻撃できない(逆に言えば、本隊を相手するのに護衛艦隊を全滅させる必要はない)。 そして、では、 連合艦隊同士の対決が実現。 外部リンク 艦これ30秒通信 連合艦隊講座(解説は) 関連イラスト 『艦これ』ではイベント限定のためか、実在した連合艦隊のイラストの方が多い。

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