西成 拳銃。 ホーム/大阪府警本部

山沢正典の顔画像と経歴、プロフィール、東組系組幹部を大阪府警が逮捕、薬中暴力団の末路

西成 拳銃

事件の概要 [ ] 発端 [ ] 事件の発端となったのは2年()、「」という人物の組織への勧誘・加入をめぐる動きである。 当初、安井武美は兄弟分である、組員・から勧誘を受け、半強制的に加入させられそうになっていたのだが、それを不服に思った、安井武美は五代目(組長は)傘下の(会長は) 西岡組長に加入を打診して、西岡組長の舎弟となった。 加入の約束を反故にされた、波谷組組員・岩田好晴は、同年6月28日午前2時すぎにの安井武美自宅駐車場で安井武美を襲撃、波谷組組員・岩田好晴( 岩田好春とも名乗った)の若い者が安井武美の胸や脇腹に6発の銃弾を撃ち込んだ。 安井武美は重傷を負いながらも、自宅の、玄関に倒れこんだ。 これを見た安井武美の妻は通報しとを要請、安井武美はに収容されたが、50分後にのため死亡した。 抗争事件の始まり [ ] 安井武美が銃撃され死亡した6月28日の夜、栄港町の波谷組系の事務所に銃弾5発が撃ち込まれ、川田興業の幹部1人が重傷を負った。 また、翌には波谷組の関係各所に銃弾が撃ち込まれる事件が相次いだ。 同日午前7時45分頃には、東心斎橋2丁目の4階B室にあった波谷組系三代目 傘下にあった(組長は )の組事務所に銃弾3発が撃ち込まれた。 また、同日朝には横沼町の波谷組系(組長は。 本名は 金政基)の傘下にあったの組事務所に銃弾1発が撃ち込まれたほか、同日には大阪市にあった天野洋志穂の自宅にも、銃弾6発が撃ち込まれた。 一般男性誤射事件の発生 [ ] 波谷組の関係各所に銃撃が相次いだ6月29日の午後9時ごろ、大阪市浜口で、元職員の男性が自宅の玄関先で、を装った2人組の系組員のうち1人から、左足と左腕に1発ずつ銃撃を受ける事件が発生した。 元NTT職員の男性は近くの病院に搬送されたが、失血多量のため死亡した。 この元NTT職員の男性一家は13日前に同所に引っ越してきたばかりで、男性一家が引っ越してくる前には波谷組の幹部が住んでいた。 すなわちこの男性は、以前住んでいた波谷組幹部と間違われて銃撃されてしまったのであった。 その後、当時山口組のナンバー2であったは、山口組の顧問であったを通じて捜査四課と捜査本部に対し、「死亡した元NTT職員の男性の通夜に出席したいので、遺族に了解を取り付けて欲しい。 」と申し入れた。 しかし、府警捜査四課と住之江警察署は、共に宅見からの申し入れを拒否した。 申し入れを拒否された山口組側は、今度は顧問弁護士の山之内を通じ、死亡した男性のやに独自に出席する道を模索することになる(詳細は後述)。 誤射事件発生直後の展開 [ ] 一般男性誤射事件が発生した後も、引き続き山口組側による波谷組側への襲撃は続いた。 誤射事件が発生した6月29日の未明には、大阪市にある波谷組と親しいの事務所に銃弾1発が撃ち込まれたほか、大阪市長柄東の波谷組系(組長は )幹部宅の玄関ドアに銃弾5発が、また同日朝にも銃撃を受けていた波谷組系天野組枡田組の事務所にも再び銃弾が撃ち込まれるなど、銃撃事件が相次いだ。 また同日未明には、大阪市住之江区浜口で、波谷組組員が出入りするに山口組系組員が入り、天井に向けて銃弾1発を発射する事件も発生した。 さらに翌の昼には、大阪市北区長柄東のの団地・の路上で、波谷組系平沢組の幹部が追ってきた車から銃弾4発を撃ち込まれる事件が発生した。 この幹部は、を着ていて無事だった。 一般男性誤射事件などを受けて、大阪府警は同日、山口組本部や傘下の(組長は宅見勝・山口組若頭)、(組長は)、(会長は )の3組織の事務所を、殺人の疑いでした。 大阪府警の家宅捜索などを受けて、山口組も同日午後3時から緊急幹部会を開き、波谷組との抗争や、元NTT職員男性の誤射殺害事件の善後策について協議するなど、一般男性誤射事件の発生を重く見て事態の収拾に乗り出した。 この緊急幹部会開催後の同日午後6時、山口組総本部は山口組の直系組長101人に対して、「今回の一連の抗争事件にさいし、大阪における一般市民を巻きこむ不祥事の発生をみるに至り、故人の冥福を祈るとともに、一般市民に対する陳謝の意味において、こんご一切の行動を中止せよ」という文面のを送った。 また同日午後9時には、「今回の不祥事による、犠牲者の冥福を祈るため、喪が明けるまで、全山口組参加団体は、喜び事行事を全面中止するように。 右厳守して下さい」という文面のファックスが、再び直系組長101人に宛てて送られている。 また同日には、誤射されて亡くなった元NTT職員の男性の通夜が営まれ、通夜には顧問弁護士の山之内幸夫が宅見若頭の代理として訪れた。 この時山之内は、1,000万円の香典を置こうとしたが、男性の遺族から受け取りを拒否されている。 こうした山口組側の動きの一方で、同日にはで波谷組が属していたの会合が持たれ、会合では波谷組と山口組の抗争についての討議がなされた。 また大阪府警は、大阪市播磨町の波谷守之の自宅兼事務所などにを派遣し、張りつけ警備を行うなどさらなる山口組側からの襲撃に対する警戒を行った。 同年7月1日午後11時55分ごろ、波谷組平沢組組員が、拳銃を持った男たちに拉致され、大阪市の山中に連れ込まれ、平沢勇吉の行方を尋問された。 波谷組平沢組組員は「知らない」と答えた。 同年7月2日午前1時ごろ、拉致された波谷組平沢組組員が、で解放された。 同日午前1時ごろ、大阪市の近くの深夜喫茶店で、女性と食事中だった波谷組平沢組幹部が、拉致された。 波谷組平沢組幹部は、マンションに監禁され、平沢勇吉の行方を尋問されたが、平沢勇吉の居場所を教えなかった。 同日午後0時40分、大阪市日本橋1丁目で、天野洋志穂の経営する不動産会社に、銃弾2発が撃ち込まれた。 同日午後11時、大阪府の右岸堤防で、拉致された平沢組幹部が、左足と右腕を、1発ずつ銃撃された。 平沢組幹部は、自力で路上に這い上がり、車で通行中の女性に発見された。 その後、平沢組幹部は、救急車で病院に搬送された。 同年7月3日、大阪市東粉浜ので、誤射されて亡くなった元NTT職員の男性の葬儀が行われた。 山之内幸夫の弁護士事務所の事務員が、山之内幸夫の代理で、葬儀に出席し、香典を受付に置いて帰った。 元NTT職員の男性の遺族が、山之内幸夫からの香典を発見し、山之内幸夫に返送した。 同日未明、大阪市西成区の元波谷組大日本正義団組員宅に、銃弾6発が撃ち込まれた。 同日午後、山口組本部は、直系組長に再びファックスで、抗争中止を通達した。 同日、大阪府警は、63のの刑事課長を集めて、山波抗争に対する緊急対策会議を開いた。 刑事部長は、緊急対策会議で「暴力団を憎まない者がいるならば、さっさと刑事を辞めてもらいたい」と挨拶した。 同年7月4日、大阪府で、トラックが、平沢勇吉の知り合いの女性の経営する外車販売会社に突入し、展示中のの車1台を破損させた。 同年7月5日、山口組定例組長会で、宅見勝は、抗争中止命令に従わないことについて、直系組長101人(代理も含む)を強く叱責した。 宅見勝は、改めて直系組長101人に「傘下の者たちに抗争中止を徹底させよ」と指示した。 同日、(組長は)組員が、平成2年(1990年)6月30日に住都公団さざなみプラザの路上で波谷組平沢組幹部を銃撃したとして、警察に出頭し、逮捕された。 同年7月6日朝、大阪府警捜査員800人は、宅見組、英組(組長は)、倉本組、(会長は)などの63箇所の組事務所を家宅捜索した。 宅見組の家宅捜索では、平成2年(1990年)7月4日付けの「山口組幹部の息子で、波谷組平沢組元組員を襲わないように」という旨のファックス着信の指示書と拳銃1丁が押収された。 大阪府警は、宅見組事務所で、15人の組員を逮捕した。 大阪府警は、各組事務所から山口組の菱の代紋の入った看板や提灯を、抗争用資材として押収した。 同年7月15日午前4時ごろ、男が、東大阪市横沼町のマンション2階にある波谷組天野組枡田組事務所のベランダに、長さ4メートルの板を立てかけてよじ登り、枡田組事務所に向けて、銃弾4発を撃ち込んだ。 枡田組事務所には組員3人がいたが、全員無事だった。 同年7月16日、大阪府警は、「暴力団抗争事件等総合対策本部」を設置した。 同日夕方、大阪府63の警察署署長と大阪府警本部の部課長が、暴力団対策緊急署長会議を開いた。 大阪府警本部長・は、「暴力団と対決せよ」と厳命を下した。 同年12月3日午前4時40分ごろ、大阪市のビル7階にあった波谷組天野会組事務所に銃弾が撃ち込まれた。 同日午後1時20分ごろ、大阪市で、山口組系組員が、天王寺線の路面電車の中から、波谷組大日本正義団組事務所に、銃弾4発を撃ち込んだ。 発砲した山口組系組員は、路面電車から飛び降りて、足を骨折した。 発砲した山口組系組員は、山口組系組員の車で逃走した。 同日夜、警察は、山口組系組員(大日本正義団組事務所に発砲した)の逃走を助けた山口組系大道会組員を逮捕した。 その後、警察は、病院で、大日本正義団組事務所に発砲した山口組系組員を逮捕した。 同年12月7日、組員・が、ロシアンルーレットゲームにより拳銃で自分の頭を撃ち、死亡した。 同年12月11日、波谷守之は、大阪市の自宅に波谷組幹部を集めて、四代目・会長に手打ちを依頼することと、波谷守之はからは引退しないが他の者が波谷組から抜けることは自由であることを伝えた。 石川明は、波谷組から脱退し、大日本正義団を解散させた。 天野洋志穂も、波谷組から脱退した。 その後、沖本勲と山口組若頭補佐・が、波谷守之の使者となり、山口組幹部会に「波谷守之は、ヤクザから引退しないが、波谷守之の若衆を手放す」という手打ちの条件を伝えた。 司忍は手打ちを了承し、山口組は波谷組と手打ちをすることを決定した。 同年12月24日、山口組本部は、ファックスで、全国の直系組織に、波谷組との抗争終結を伝えた。 同年12月27日、波谷守之が、の弘道会本部を訪れ、司忍に、波谷組組員・岩田好晴が弘道会組員・安井武美を射殺したことを詫びた。 参考文献 [ ]• 『ネオ山口組の野望』<角川文庫>、1994年、• 、『真説 王道ヤクザ伝 山口組六代目 司忍 六代目襲名編』、2008年、• 、『実録 王道ヤクザ伝 山口組六代目 司忍』、2007年、 脚注 [ ]• 当時の会長は。 当時、波谷組若頭であった。 当時、大日本正義団の副組長だった。 元・大日本正義団副組長• 後の六代目山口組組長。 332• 出典は、『ネオ山口組の野望』<角川文庫>、1994年、 のP. 333.

次の

私服警官の特徴と見分け方は?仕事内容や装備品って何なの?

西成 拳銃

覚せい剤は主に白色の粉末や無色透明の結晶で、無臭でやや苦みがあります。 「シャブ」「S(エス)」「スピード」などと呼ばれており、「ヤーバー」と呼ばれる錠剤型の覚せい剤もあります。 覚せい剤には、神経を興奮させる作用があり、乱用すると眠気や疲労感が無くなり、頭が冴えたような感じになります。 しかし、効果は数時間で、その後は激しい脱力感、疲労感、倦怠感に襲われます。 覚せい剤は、特に依存性が強く、乱用を続けると、「覚せい剤精神病」の状態になり、幻覚や妄想が現れるほか、時には錯乱状態になって他人を暴行したり、殺害したりすることがあり、乱用を止めても長期間にわたって症状が残る危険性があります。 また、大量の覚せい剤を摂取すると、急性中毒により、全身けいれんを起こし、死亡することもあります。 2012年7月13日• 2010年1月27日 大阪市西成区でコインロッカーなどに覚せい剤を隠して密売していたグループが大阪府警に摘発された。 麻薬特例法違反の罪で起訴されたのは東組系暴力団幹部、森岡健二被告(42)など覚せい剤密売グループの6人。 大阪府警によると森岡被告らは去年、大阪市西成区のコインロッカーなどに覚せい剤を隠し販売していたとされる。 売り上げは半年で約5000万円にのぼるとみられる。 府警では森岡被告らが密売を組織的に繰り返していたとして、より罰則の重い麻薬特例法を逮捕段階から適用したという。 大阪府警の調べに対し森岡被告は「やらせたのはワシですわ」と話しているという。 2009年11月5日 覚せい剤などの薬物密売が横行、国内有数の取引場所とされている大阪市西成区の「あいりん地区」を対象に府警が昨年9月から特別検挙対策に取り組んだところ、先月末までの1年2か月間で密売人と購入客計428人が検挙されたことがわかった。 薬物汚染の広がりが改めて浮き彫りになった一方、摘発を免れようと密売グループの手口も巧妙化している。 府警薬物対策課によると、同地区には数人組の密売グループが複数存在し、路上で半ば公然と違法薬物を売買。 府警が初めて実施した特別検挙対策では、同課の約30人のほか、周辺の警察署からも署員を集中投入して捜査してきた。 検挙したのは、密売人67人、購入客361人。 購入客の年齢は17〜79歳(平均年齢43歳)と幅広く、女性が約1割を占めた。 会社員や主婦、学生も目立ち、先月3日には、同地区で密売人と接触した京都大の男子学生(28)を覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕。 他府県からインターネットで密売場所を調べて買いに来るケースもあるという。 押収した違法薬物は、覚せい剤361グラム、大麻118グラム、MDMAなどの合成麻薬47錠に上った。 しかし、取り締まりが進むとともに密売グループも慎重になり、客から携帯電話で注文を受け、指定した場所に薬物を置く方法で売買したり、誰が売ったかを分かりにくくするためグループ全員が同じ服装をしたりと手口が巧妙化。 捜査員の目をごまかすためか、チョコレート菓子の袋に覚せい剤を入れて販売するグループもあったという。 府警は「薬物売買は暴力団の資金源になるだけでなく、多くの中毒者も生み出す。 対策を継続して密売組織の壊滅を目指していく」としている。 2009年10月23日 大阪市西成区の路上で覚せい剤を所持していたとして、府警高槻署は23日までに、覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで、京都大学経済学部4年吉岡風志容疑者(28)=京都市左京区一乗寺里ノ前町=を現行犯逮捕した。 自宅からは未使用の注射器1本を押収した。 吉岡容疑者はポリ袋に入った大麻約0.865グラムも所持していたため、同署は大麻取締法違反(所持)容疑で追送検する方針。 同署によると、吉岡容疑者は逮捕直後は「健康のために持っていた」と話し、その後は「覚せい剤とは知らなかった」などと容疑を否認しているという。 2008年11月5日 大阪府警は5日、大阪市西成区の「あいりん地区」で10月に密売人ら計55人を覚せい剤取締法違反容疑で逮捕したと発表した。 同地区は覚せい剤の取引が国内で最も多いとされ、府警は6月に実施した1週間の調査で、延べ約160人の密売人と約1400人の購入者を確認。 薬物一掃を目指し、集中捜査した。 薬物対策課によると、密売人11人と購入者44人を逮捕。 覚せい剤約200グラムと大麻約47グラム、合成麻薬MDMA計48錠、売上金とみられる現金約760万円を押収した。 2008年8月15日 大阪府警薬物対策課などは15日までに、麻薬特例法違反(業としての覚せい剤譲渡)容疑で、大阪市西成区花園北、指定暴力団山口組系組長岸本昇容疑者(58)を逮捕した。 「下の者が勝手にやった」と容疑を否認している。 同課は、西成区の「あいりん地区」で焼き芋屋台を装って覚せい剤を密売していたとして5月に逮捕したグループの首謀者とみている。 1日に平均約40万円の売り上げがあったといい、数年前から密売していたとみて調べている。 調べでは、岸本容疑者は4月中旬から5月上旬にかけ、営利目的で3人の客に屋台で覚せい剤計0・165グラムを販売し、ほかにも多数の客に2月から5月にかけて密売した疑い。 同課などは5月以降、密売の現場責任者とみられる中西真被告(47)=覚せい剤取締法違反罪で起訴=ら12人を逮捕している。 2008年6月29日 大阪市西成区のマンションの一室で1袋5000円の低価格を売りに覚醒(かくせい)剤を販売していたとして、近畿厚生局麻薬取締部が覚せい剤取締法違反容疑(営利目的所持)などで男女2人を逮捕していたことが29日、分かった。 2人は仕入れ資金が不足していたため仕方なく小口販売を開始したが、逆に若者らに受けたという。 購入したその場で覚醒剤を使用できる独自のサービスも人気を呼び、密売人の間でも有名になっていた。 逮捕、起訴されたのは、韓国籍の李東順被告(53)と、同居していた男性被告(34)。 起訴状によると、2人は4月15日、同区花園北のマンションで58袋に小分けした覚醒剤約25グラムを所持し、客の会社員の男(29)に約0・1グラム(3回分)を5000円で販売するなどした。 麻薬取締部によると、西成の密売人は0・25グラム(8〜9回分)を1万円から販売するケースが大半。 小口販売は購入者にとってやや割高になるため需要が少ないという。 購入客の一人は調べに対し、「路上で買おうとしたら、密売人から『5000円ならあのマンションに行きなさい』といわれた」と供述している。 2人は、注射器も相場の最低ラインの1本500円で販売し、マンション室内を客に開放。 覚醒剤を購入後、すぐに使用できるとして客には好評だったという。 覚醒剤1回分は0・03グラムで、李被告らは電子計量器を使って小分けしていた。 麻薬取締部は計量器も押収した。 李被告は生活保護を受けており、「生活のために約1年前から覚醒剤を小分けにして売っていた」と供述。 自らも覚醒剤を使用していたという。 2008年5月18日 やきいも屋台を偽装して小学校の近くで覚醒剤を密売したとして、府警薬物対策課と西成署は18日、覚醒剤取締法違反(営利目的共同譲渡)容疑で、大阪市西成区花園北、暴力団組員、中西真容疑者(47)と39〜60歳の売人の男6人を逮捕し、屋台と覚醒剤約8グラムを押収した。 中西容疑者らは「1袋5000円で販売し、1日約30万円売り上げた」と供述しているという。 府警はすでに、今年3〜4月の間にこの屋台から出てきた30〜70代の無職男5人が覚醒剤を持っていたとして、覚醒剤取締法違反(所持)で現行犯逮捕。 供述などから密売を裏づけた。 調べでは、中西容疑者らは、大阪市西成区萩之茶屋の市道に屋台を設置し、ポリ袋に入れた覚醒剤を密売した疑い。 現場は市立萩之茶屋小学校から約10メートルの距離だった。 現場付近は居酒屋などの屋台が密集しており、16年1月には同じ場所で営業していた別の覚せい剤密売屋台が摘発されていた。 今年2月に「やきいもの看板を掲げているのにやきいもは売っておらず、人相の悪い男がいる」と住民から通報があり、府警が捜査を続けていた。 2008年2月21日 大阪府警薬物対策課は21日までに、大阪市西成区のあいりん地区を拠点に大量の覚せい剤を密売したとして麻薬特例法違反容疑で、大阪市阿倍野区天王寺町北、自称暴力団関係者の無職橋坂春幸容疑者(58)ら3人(覚せい剤取締法違反罪で起訴)を再逮捕した。 同課によると、橋坂容疑者は一部密売人らの間で「西成の頭(かしら)」などと呼ばれていた。 拠点のマンションを「薬専門のコンビニ」と称して24時間態勢で注文を受け付け、2006年1月から昨年8月までに覚せい剤約37キロを密売。 約8億8000万円の売り上げがあったという。 調べでは、橋坂容疑者らはこの間、女性2人に覚せい剤計約3・5グラムを密売するなど、多数の客に覚せい剤を売り渡した疑い。 橋坂容疑者らは西成区のマンションの2室を「密売所」と「覚せい剤倉庫」として使用。 携帯電話などで注文を受け、譲り渡していた。 また、自警団をつくって周囲をパトロールさせ、捜査員がいないか警戒していた。 2008年2月9日 大阪市西成区のあいりん地区で複数の密売人を使って覚せい剤を売っていたなどとして、大阪府警が暴力団幹部を覚せい剤取締法違反(営利目的所持)などの疑いで逮捕し、大阪地検が起訴していたことが分かった。 24時間年中無休で販売し、府警によると、幹部は半年間で約2億円超を売り上げ、「総元締め」と呼ばれていたという。 起訴されたのは大阪市港区磯路2丁目、山口組系暴力団幹部姜正訓(きょう・せいくん)被告(47)。 姜被告は昨年9月22日、同市西成区萩之茶屋1丁目のビジネスホテル室内に小分けした覚せい剤計約200グラムを所持した、などとされる。 府警のその後の調べで、姜被告が昨年4〜9月、配下の密売人に覚せい剤計4.7キロ(末端価格2億4千万円)を密売させていたことが裏付けられたという。 姜被告はあいりん地区内でも特に密売場所として知られる通りを縄張りとしていた。 3人1組の密売人を1日2交代のシフト制で配置。 周辺の路上やビジネスホテル内で昼夜休みなく販売させていたという。 2008年1月18日 覚せい剤を販売目的で所持していたとして、大阪府警薬物対策課などは18日までに、大阪市西成区長橋1、自称建設業、石原次郎容疑者(50)ら5人を覚せい剤取締法違反の現行犯で逮捕した。 同課によると同容疑者は大阪では「大物密売人」として知られているという。 同課などは覚せい剤のほかにも石原容疑者の西成区内の事務所から拳銃5丁と実弾42発を押収している。 調べに対し、同容疑者は「(拳銃などを)売ろうと思っていた」と供述しているといい、銃刀法違反容疑で再逮捕する方針。 調べによると、石原容疑者らは16日、西成区内の同容疑者の事務所で覚せい剤約9グラム(末端価格約54万円)を所持するなどしていた。 同容疑者は山口組系暴力団の事務所に出入りしているといい、石原容疑者の事務所が暴力団の「武器庫」だった可能性があるとみている。 2007年10月18日 大阪府警旭署に覚せい剤取締法違反(所持)で現行犯逮捕された無職の男2人が、生活保護費を受け取ったその足で大阪市西成区に行き、覚醒(かくせい)剤を購入していたことが18日、分かった。 2人に面識はなかったが、いずれも生活保護費が支給される毎月初めに覚醒剤を買うのが習慣になっていたという。 大阪市など多くの自治体が生活保護費の不正受給対策に頭を痛める中、受給者の実態の一端が浮き彫りになった格好だ。 逮捕されたのは、大阪市東住吉区矢田、油井信二被告(60)=同罪で公判中=と、大阪府東大阪市渋川町、下田栄治容疑者(32)。 調べでは、油井被告は8月1日午前10時35分ごろ、西成区の密売スポットの路上で覚醒剤0.08ミリグラムを1万円で購入し、同区太子の駅構内で所持した疑い。 下田容疑者は10月2日正午ごろ、西成区萩之茶屋の駅構内で、覚醒剤0.112ミリグラムを所持した疑い。 油井容疑者は、東住吉区役所矢田出張所で生活保護費12万円を受け取ったその足で電車で西成区に向かい、覚醒剤を購入していた。 生活保護費は、高齢と体調不良で働いても十分な収入を得られないとして、平成17年3月から受け取っていた。 「毎月、保護費を受け取った後、西成に覚醒剤を買いに行くのが習慣になっていた」と供述している。 一方、下田容疑者は左足が不自由で、今年4月から生活保護を受けていた。 当日は午前9時半ごろ、自宅近くのコンビニで、10月分の生活保護費11万3000円全額を銀行口座から引き出し、覚醒剤を買いに行ったという。 調べに対し、「生活保護費が入れば覚醒剤を買いに行けると心待ちにしていた」と供述しているという。 関係者によると、大阪市の区役所では、保護費を受給した後、パチンコや競艇などに行く人や、区役所の外で待つ借金の取り立てにきたとみられる男に保護費を支払う人も少なくないという。 大阪市によると、生活保護受給者は11万人余り(平成19年3月)で18年度の保護費は全国最高額の2311億円。 不正受給額は949件、約6億円(17年度)に上っており、不正対策は大きな課題になっている。 しかし、現行の制度では、素行に問題があっても生活に困窮していると判断されれば保護費は支給され、ケースワーカーが脱法行為を見抜くのは事実上不可能。 最初の審査を過剰に厳しくすれば餓死や孤独死を招きかねず、各自治体とも対応に苦慮しているのが実態という。 2005年12月10日 合成麻薬による若者らの薬物汚染が深刻化するなか、近畿厚生局麻薬取締部が、国内で発見例がなかった「マイクロドット」と呼ばれる直径約2ミリの極小合成麻薬を押収していたことが10日、わかった。 鉛筆の芯先ほどの大きさしかなく、捜索現場で発見した麻薬取締官も初めは砂粒と見間違えたほど。 同取締部は税関や警察と連携し、海外からの流入と蔓延(まんえん)防止に向けて警戒を強めている。 同取締部は5月、大阪市西成区の密売人の男(43)を覚せい剤取締法違反容疑(所持)で逮捕し、自宅からビニール袋に入ったマイクロドット1錠(0・005グラム)を押収した。 9月には、インターネットで大麻などを販売していたとして逮捕した同市内の無職男(27)も2錠を所持していた。 マイクロドットは褐色の粒で、最も流通しているとされるMDMA(直径約1センチ)の5分の1の極小サイズ。 1錠あたり4、5回分の使用量があり、水などに溶かして服用する。 視界に光が走るなど強い幻覚作用があり、乱用すれば精神に障害をもたらすという。 海外の密売組織が開発したとされ、数年前からアメリカや中国などの薬物乱用者の間で広まり始めた。 2005年8月27日 「デリバリー(配達)サービス」を売り物にした会員制覚せい剤密売組織を運営し、半年間に約3000万円を売り上げたとして、大阪市浪速区の山口組系暴力団幹部平川吾朗被告(53)が近畿厚生局麻薬取締部に覚せい剤取締法違反容疑で逮捕され、大阪地検から麻薬特例法違反(業としての譲渡)罪で起訴されていたことが27日、わかった。 インターネットの掲示板に「西成薬局」の名で「覚せい剤売ります」と広告を出して約100人の会員客を確保、覚せい剤以外にも合成麻薬のMDMAや大麻など多彩な薬物を取りそろえた独自の〈密売ビジネス〉を繰り広げていたという。 起訴状によると、平川被告は5月16日、同市西成区の路上で、浪速区の暴力団組員(43)に覚せい剤約0・3グラムを5000円で譲り渡すなど、昨年11月〜今年5月の間に覚せい剤計約850グラムを計約3000万円で売りさばいた。 同取締部によると、平川被告は昨年秋、知り合いの密売人3人を「配達員」として雇い入れて密売組織を編成。 浪速区の自宅が拠点だったが、ネット上では勝手に「西成薬局」の名称を付けてPR。 アクセスしてきた客らを会員登録し、3台の携帯電話を使って24時間体制で注文を受け付け、指定場所まで配達員に届けさせていた。 客の利便性のほか、捜査当局の監視が厳しい西成地区での受け渡しを回避するのが狙い。 配達エリアは大阪市全域で、関東のなじみ客に宅配便で送ることも。 客の注文に応じてMDMAや大麻、ヘロインなども調達。 配達員に毎日、受け渡しをした客の登録番号と薬物の種類、量、金額、受け渡し場所などを記した伝票を作らせ、パソコンで管理していた。 配達員の報酬は配達1回につき3000円。 社宅としてマンションをあてがったり、社員割引と称して半額で覚せい剤を分けたりもしていた。 口コミで「便利だ」とうわさが広がり、同取締部が捜査していた。 調べに対し、平川被告は「長年、路上での密売を続けるうちに配達サービスを思いついた。 ネット上の広告は密売人のアイデアだった」と供述している。 同取締部は、5月に平川被告を逮捕したほか、これまでに密売人8人を麻薬取締法違反のほう助容疑で逮捕。 平川被告が別の密売グループの元締らに大量の覚せい剤を卸していた疑いも浮上しており、全容解明を進める。 読売新聞、2004『』• 読売新聞、2005『』• 日本テレビ、2006『• 読売テレビ、2006『』• 大阪府警『』• 164 - 衆 - 内閣委員会 - 10号 平成18年05月26日 田端委員 ぜひ、子供の目線に立って対策をお願いしたいと思います。 子供の一メートル三十センチ、二十センチの目線から見ることが大事なんだと私は思いますし、また、そういう目線で地域安全マップのようなものを子供さんと一緒になってつくって、それぞれの地域でボランティアの方に力を得てそういうことをつくっていく、こういうこともぜひお願いしたいと思いますし、今あったように、学校、警察の連係プレーで、もっと風通しのいい中で安全対策というものをお考えいただきたい、こう思います。 私は大阪西成区に住んでおりまして、先般、去年の暮れでしたか、内閣委員会が視察するということで、西成のあいりん地域を視察していただきました。 その際に、内閣委員会、つまり国会が委員会として初めてあいりんを視察するというので、大変な反響でございまして、町をだれからともなくきれいにしていただいて、二、三日前から急にきれいになりました。 そして、我々が行った当日もきれいであり、その後もいまだに町はきれいに保たれているので、非常に私も喜んでいて、先ほど申し上げたように、町がきれいになることは犯罪を減らす第一歩になる、こう思っております。 ところが、薬物に関してはそういうところが全然飛んでしまっておりまして、薬物事犯の検挙件数もずっとふえておりますが、特に覚せい剤、暴力団構成員の検挙件数が薬物の約半数以上、こういう数字も出ています。 実は、二十三日に、日テレだったと思いますが、夜九時でしたか十時でしたか一時間番組で、近畿麻薬取締局の取り締まりの実態ドキュメント放送がありました。 これは本当に迫力があった。 私は全然知らなくて、テレビを見て、あれ、何か西成の町だなと思っているうちに引き込まれて見てしまったんです。 つまり、覚せい剤を密売している人たちを追跡して、ガサ入れする、逮捕する、それをテレビに同行させてやったわけでありますが、非常に中身はあったと思います。 そこで感じたことは、一つの画面の中に、二〇〇四年、町でこういうふうに薬物の取引を行っているというのが流れまして、右側には、二〇〇六年、同じ場所、同じところから撮影して、二〇〇四年より二〇〇六年の方が頻繁に現物とお金との売買というんですか、それが行われている様子が、明らかに薬物売買が、密売がふえているということがわかるような光景がありました、この場所は大体私もわかりますけれども。 そういう意味で、実はこの放送があった夜、翌日と、私のところにいっぱい電話がかかってきまして、何しているんだ、こんなことを全国放送されて西成の恥だ、あるいは、いつまで同じこと、こんなことを続けさせているんだ、こういうような物すごい、こっちに対して市民の皆さんからお怒りの電話がありました。 要するに、わかっていながら放置しているんだろう、こういうことが一番多いわけでありまして、私は非常に残念でありましたが、これは、そこに住んでいる人の気持ちというものをよく酌んでいただきたい、こう思います。 だから、何も西成警察がサボっているということを私は言っているんじゃないんです。 一生懸命やっていただいていても、しかし、こういう暴力団を中心にした薬物の密売というものがひたひたと今ふえていっているという実態がはっきりしているわけですから、これはぜひ警察庁長官の決意として、薬物に対しては本気になって取り組むぞと、近麻だけのことじゃなくて、警察庁としても、ぜひ御決意をお述べいただきたい、こう思うわけであります。 西成の町をいい町にしたいと私も思っておりますので、ぜひよろしくお願いしたいと思います。 漆間政府参考人 私も大阪府警本部長をやっておりましたので、あいりん地区の実態はよく知っております。 まさに委員おっしゃるように、そんな状態になっているのであれば、これは大阪府警にとってもある意味では非常に恥ずかしいことでありますので、実態をとりあえず、まず調べてまいりました。 確かに検挙件数とか人員とか、西成地区の関係におきますと、昨年、一昨年に比べてふえていることは間違いないんですが、依然として覚せい剤等の路上密売が行われているのが実態だそうであります。 昨年、実は、あいりん地区において覚せい剤密売を取り仕切っていた山口組傘下組織幹部を覚せい剤取締法違反で検挙しまして、この組織が壊滅いたしました。 こういうようなことに手を染めている組織を壊滅するというような形で進めていかないと、なかなか根絶は難しいと思います。 大阪府警も一生懸命取り組むと言っておりますので、私らの方も督励したいと思います。 問題は、全般的に覚せい剤についてはやはりいろいろ問題がございまして、先般、五月に入ってからでございますけれども、警視庁と鳥取だとかあるいは海上保安庁とも組みまして、合同捜査本部において、北朝鮮ルートで覚せい剤を密輸入していたという事件につきまして、暴力団組長ら合計七名を今検挙しているところであります。 平成十四年まで、北朝鮮が仕出し地である覚せい剤というのがずっと大量に入ってきたわけですが、十五年以降はそれが見られないというのが実情であります。 しかし、これはなくなったわけじゃないというふうに思っています。 それから、さらにもう一つ大事なことは、この覚せい剤自体が、今まで我々としては、北朝鮮が仕出し地であるというふうにしか言えなかったんですが、北朝鮮が国家的に覚せい剤製造に関与しているということをこの捜査を通じて言えるような方向に持っていって、こういう形で、覚せい剤というのは、日本でつくられるよりも海外から持ってこられるものですから、外国組織に対しても圧力をかけて、日本に入ってこないようにするというようなことも含めて、しっかり対応していきたいというふうに思っております。

次の

柳川組|鬼頭組との西成抗争|飛田新地での伝説の100対8の戦いとは?

西成 拳銃

「白手帳持ち」たちが泊まるドヤ。 そして西成のメインストリートである「三角公園」や「四角公園」で仲間たちと憩いの一時を過ごす。 その三角公園に集う、路上生活者の1人で「たぶん、今年、65歳やと思う」と語るシゲルさん(仮名・本人によれば鹿児島県出身)に話を聞いた。 「兄弟も多いし家は貧乏やった。 中学出てすぐ大阪に出てきたんや。 ヤクザの使い走りもやったけど、根性のうて続かなんだ。 もうこの年やから体もきつい。 せやから(生活)保護受けよかて思うこともあるんや。 シゲルさんの路上生活者仲間のカズオさん(仮名・70)は言う。 そしたらもう仲間とは会いにくいわな。 それがな…。 辛いんや」 実際、寄る年波に勝てず、路上生活を諦めて生活保護受給を申請、「福祉アパート」を兼ねる簡易宿泊所に住んだはいいが、かつての仲間たちとの連絡を断ち、孤独死に至ったという話は西成ではよく耳にするところだ。 一方、受給したくとも申請できないケースもある。 ひとつは何らかの犯罪に関わり警察から指名手配されているというもの。 そしてもうひとつは、暴力団組織と関わり、そこで下手を打ち(失敗し)、逃げているというケースだ。 「警察、暴力団どちらを問わず、手配がかかっている人は、足がつくことを嫌い生活保護受給を申請することはまずない。 また警察や暴力団の目に付かないよう、西成でもおとなしく暮らしていると聞く。 そういう人が路上で亡くなると、もう家族はその人の行方を探すことはまずできない」(大阪市関係者).

次の