浄土宗 と 浄土 真宗 の 違い。 浄土真宗の宗派の歴史(種類と割合・違い)

浄土宗と浄土真宗 : お葬式なるほどチャンネル

浄土宗 と 浄土 真宗 の 違い

浄土真宗と日蓮宗、また創価学会の違いを教えてください。 特に宗教を勉強したことのない浄土真宗の者です。 無知ゆえにお見苦しい文章かと思われますが、ご教授願います。 浄土真宗は親鸞聖人の教えを現代に伝えており、 南無阿弥陀仏と唱えることで故人が極楽浄土へ行ける。 日蓮宗は日蓮さんの教えを伝え南無妙法蓮華経と唱えることで修行となり、 生きている間念仏を唱えていれば極楽浄土へ行ける。 創価学会は日蓮にいたが途中からご本尊なる紙に書いた書物のようなものに 南無妙法蓮華経と唱えることで今を幸せに生きていける。 大雑把な感じ方はこうなのですが、 間違っていますか? 結婚を前提とし、お付き合いしている相手が創価学会の方でおり 宗教の違いについて悩んでおります。 私自身、創価学会に嫌悪感があるのです。 親が批判していたことなどが原因だと感じています。 親が何を批判しているのか少し謎ではあります。 宗教として何が違い、嫌悪感を感じているのかがわからず。 自信の宗教と日蓮宗との違い、また日蓮宗から破門されたとされる 創価学会と日蓮宗の違いを勉強をしております。 客観的に見れていないため偏った文章になっていることをお許しください。 浄土真宗は親鸞聖人の教えを現代に伝えており、南無阿弥陀仏と唱えることで故人が極楽浄土へ行ける。 ということを少し補足させていただきますと、釈尊が語られた「諸仏の教え」ということのうちに、阿弥陀如来の浄土の存在がつながっています。 阿弥陀如来は実在する仏とされ、その本願力によって、念仏した人が死んで浄土に生まれ変わると考えて良いかと思います。 その本願力を言いだしたのは法然であります。 親鸞は法然の弟子であり、教えは法然の言う事を信じますということに尽きるかと思います。 日蓮宗と日蓮正宗は全く異なる宗教です。 日蓮宗は釈尊を仏とあおぐ普通の仏教ですが、日蓮正宗は仏でない日蓮を釈尊以上の仏にしてしまって、釈迦仏教を否定しています。 日蓮正宗は顕正会というカルトや創価学会を生み出したカルト宗教の母体のような宗教です。 日蓮宗は仏教ですが、日蓮正宗は日蓮仏法となります。 日蓮正宗の南無妙法蓮華経は、日蓮仏には教えがないので、釈尊のお経の題を借りてありがたがっています。 最近では南無妙法蓮華経という法が日蓮仏法にはあるという時もあります。 創価学会の批判点について 創価学会は、悪い組織かどうかと聞かれた場合、ストーカー的罰があたる可能性があるので、単純に良い悪いで答えることは出来ないと思う。 例えば警察に捕まったことがあるようであれば、それは悪い宗教といえる部類に属するといえると思う。 それで、警察に捕まったことはほとんど無いので、悪いとはいえないんだけれど、全く悪くないかというと、創価のために泣いている人は大勢いるようなんです。 影で弱い人を泣かせることがあるようなので、創価学会をどういう風に考えればいいかについて答えると、それは問題の多い宗教であるといえると思えます。 言論出版妨害事件 投票所襲撃事件 問題点 1)ほかの人の書き込みにもあるように、創価は、外国では「悪い宗教のようなので、注意してください」という宗教であるとされています。 これをセクト宗教の指定を受けているといいます。 2)いろんな人に「入れ入れ、」といっていれるのですが、辞めようとおもっても、辞めるにはどうしたらよいかわからないようになっていて、辞めさせてもらえません。 子供が生まれたら、すぐ創価にしてしまいます。 創価を辞めると、如来の中で一番偉い仏とされる日蓮という仏さまは、怖い罰を与えるそうなので、辞められない人も大勢いるようです。 創価だけの日蓮仏は、怖いといえそうです。 3)創価学会の教えは、他の宗教と違って、仏様の中身の無い間違った仏教であるといえますので、信者になっても幸せになることは少なく、幸せとは縁遠い怒りやすい性格になるようです。 自分の教えがスカなのに、ほかの宗教の教えや仏教は、全部間違っていると教えられていますので、けんかばかりしているからです。 兄弟仲よく、というのが、ぜんぜん出来ないのです。 (小学生でも出来ることなのにね・・・)そして、お金集めをたくさんしています。 中身がないのに信者を集めてばかりいるので、極端な見方をすれば、たくさんの人が、本当の幸せへの道を閉ざされているといってよいでしょう。 (つまり、人生をムダに捨てているようなものなのです。 ) 4) 選挙の時は、創価学会はおとなしくしていなくてはいけないことが法律で決まっているのに、創価の偉い人たちは、その法律を無視して、選挙違反をさせています。 本当は警察につかまるはずなのに、大勢してやっているので、警察もてが出せない、ともいえます。 宗教人として見た場合、悪いことをやらされている信者が悪い、のではなく、上の人がやらせるのが悪いといえます。 この意味で、創価学会の宗教の指導者は悪い人でないとやっていけない、ということができるでしょう。 (信者には、自分達は立派な仏様・仏教徒だと信じさせているようなのです。 日蓮を釈迦仏以上の仏と信じている宗派はどれもこうした特徴があるといえるようです。 )よい宗教は最初から変な事件は起こしたりしないものだ。 創価学会は問題の多い宗教です、という言い方は、創価の人には言ってはいけない、という意味が含まれています。 結論的には信者同士の結婚以外はあまりおすすめできないようですね。 仏教は釈迦の「生老病死」からの解脱という自らの 悟りを他者に説いた事により始まったように 基本的にはすべての大乗仏教各派は悟りを開いて成仏 するのが最終的な目的であり、 「信」「行」「学」という行為を行います。 「信」 各派には信ずる対象となる本尊があります。 浄土宗や浄土真宗では阿弥陀如来という仏様。 日蓮宗では釈迦が説いたとされる法華経の儀式を 上行菩薩である日蓮上人が書きしるした文字曼荼羅、 日蓮正宗では同じ曼荼羅でも仏である日蓮大聖人が 日興上人に授けたとされる「唯授一人」の御本尊 創価学会では日蓮正宗の御本尊を歴代の法主が 書き写した御本尊を使用していましたが 日蓮正宗からの離脱後は主に26世日寛上人が書き 写した御本尊を使用しています。 「行」 成仏(悟りを開く)するための修業のことです。 浄土宗や浄土真宗では「南無阿弥陀仏」と唱え 阿弥陀如来の本願力によって極楽浄土すなわち 彼岸(悟りの世界)に至る「専修念仏」の修業。 (他力宗) 日蓮系の各宗派は「南無妙法蓮華経」の題目を唱える ことで生まれながらに具わっているとされる自身の御本尊を 顕現化し又、他者にも勧めることで即身成仏できるという 「自行化他」の修業。 (自力宗) 「学」 浄土宗では「観経」などの浄土教典を元に説かれた法然上人の 「選択集」などの教えを学びます。 浄土真宗では法然上人の意思を継いだ親鸞上人が寺を捨てて 無知文盲の民衆の中に自らの身を投じて教えを説いた 「教行信証」などを学びます。 日蓮宗では法華経や他の一切経を元に日蓮上人が弟子に 書き送った手紙や論文、説法を書き記したものを 遺文集と呼んで学びますが、日蓮正宗や創価学会では 日蓮大聖人は仏様なので御書と呼んでいます。 追記 仏教各宗派にはそれぞれの信行学が存在していますが いずれが正しいのかを「教判」というもので判断しています。 ポイントのみ指摘しますね。 「念仏」という観念は浄土系のものです。 「南無阿弥陀仏」のことを指します。 法華系の場合は、「題目」と言い、題目を唱えることを「唱題」と言います。 「極楽浄土」も浄土系の観念です。 西方にあって、阿弥陀仏の本願を信じさえすれば「死んだら行ける」と言われますが、法華系の場合は「鷲山浄土」と言い、私達のいるこの世そのものです。 法華経を信じ、その大切さを証した釈迦牟尼仏を信じれば、この世が穢土でなく浄土であることが判り、今目の前にいる釈尊が見える、と考えます。 創価学会は、日蓮宗と微妙に違う日蓮正宗から破門になっています。 つまり、日蓮宗と創価学会は全く無関係です。 日蓮宗と日蓮正宗の決定的な違いは、釈尊を仏とするか日蓮を仏とするか、です。 日蓮宗と日蓮正宗の関係は、浄土宗と浄土真宗の関係に良く似ています。 日蓮には六老僧と呼ばれる直弟子がいますが、日興という原理主義的な上人がいて、他と喧嘩してしまいます。 この人を宗祖とし、日蓮を本仏とするのが日蓮正宗の考え方です。 浄土真宗もかなり排他的な宗派です。 だから質問者様は、ご両親からの影響があるのだと思います。 しかし、日蓮正宗の排他性は群を抜きます。 日蓮宗は、他宗批判をしない宗派です。 しかし、質問者様のように、日蓮正宗と混同する誤解が世間一般にあり、排他的だと勘違いされています。 日蓮正宗と創価学会は、互いに反目しあっていますが、「日蓮仏法」という点に関してはほぼ同じです。

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一向宗とは?浄土真宗との違いや開祖、葬儀、仏壇の飾り方|葬儀・葬式なら【よりそうのお葬式】

浄土宗 と 浄土 真宗 の 違い

一向宗とは? 一向宗とは、鎌倉時代の僧侶一向俊聖を祖とする仏教宗派です。 一向宗は自らを一向衆と称し、弥陀如来以外の仏を信仰する人々や神社に参詣する人などを排斥していきました。 一応は踊り念仏を行事としますが、念仏そのものに特別な宗教的意義を見出すことはなかったようです。 一向宗の開祖 一向宗の開祖は一向俊聖と言って良いでしょう。 一向は現在の福岡県久留米市の草野永泰の第2子として生まれました。 そして、1245年に播磨国書写山圓教寺に入寺して天台教学を修め、1253年には剃髪受戒して名を俊聖とします。 しかし、翌年の夏には書写山を下り南都興福寺などで修行しますが、悟りを得られませんでした。 その後、鎌倉蓮華寺の然阿良忠の門弟となり、1273年から各地を遊行回国します。 そこで踊り念仏や天道念仏を修して道場を設け、近江国番場宿の蓮華寺にて立ち往生して最期を迎えました。 以後、この寺を本山として東北や関東、近江などに一向の法流を伝える寺院が分布し、教団を形成するようになりました。 浄土真宗も一向宗と呼ばれる所以 親鸞の教えを浄土真宗と言いますが、一向宗とも呼ぶこともあるようです。 もともと親鸞が一向宗と言っていたのではなく、親鸞が「阿弥陀仏一仏に向け」と教えていたため、世間の人が「あれは一向宗ではないか」と勝手に呼ばれていったと伝えられています。 しかも、親鸞の教えに「一向専念無量寿仏」というものがあることから、わざわざ一向宗と呼ばれていることに対して否定はしませんでした。 【合わせて読みたい】 一向宗の葬儀 一向宗の葬儀では一般的に浄土真宗が一向宗と呼ばれることもあり、浄土真宗と同じ方法で行われることが多くなっています。 門徒は死とともに極楽住生を遂げていると考えられているため、葬儀の主な目的は受戒などではなく、極楽への法恩感謝となっています。 本尊の阿弥陀如来で唱える言葉は南無阿弥陀仏です。 葬儀の流れ 一向宗の葬儀の流れも浄土真宗と同じです。 中でも葬儀の流れについては、浄土真宗本願寺派と同じ流れで執り行われます。 出棺勤行は帰三宝偈のあとに路念仏が唱えられ、お棺が葬場に移されたことを表し、葬場勤行に入ります。 次に三奉請があり、正信偈、念仏、和讃が唱えられ焼香へと続きます。 そして、火葬に先だって行われる火屋勤行の時に読まれるのは、重誓偈などの偈文です。 拾骨の時は火屋勤行と同じく偈文・念仏・回向が唱えられ、遺骨が自宅に戻って還骨勤行を行えば葬儀は終了です。 一向宗の仏壇の飾り方 一般的な一向宗の仏壇の飾り方は浄土真宗本願寺派と同じで、まず本尊は阿弥陀来、お脇掛は右に親鸞聖人、左に蓮如上人です。 飾りつける仏具は次の通りです。 本尊や仏壇内部を明るくする灯篭• お浄土の飾りをあらわす瓔珞• 須弥壇や仏前の前卓などに敷きかける打敷• お線香を寝かせて焚く玉香炉• ご飯を盛る仏飯器とそれを置く仏器台• 樒をお供えてお浄土の香水を表す華瓶• 生け花を飾るための花立• 蝋燭台である火立• 亡くなられた方の法名などを書く過去帖とそれを置く見台• 菓子や果物等を供える台の高杯• 読経の時に打つリン• お経本をのせる机の経机• 線香さしやマッチ消し、ローソク消しなどの小物類 まとめ 一向宗は一般的に2つの意味があります。 鎌倉時代の僧侶であった一向俊聖が祖である仏教宗派の一向宗、そして親鸞の一向専念無量寿仏という教えによって世間が浄土真宗を一向宗と呼んでいたことです。 さまざまな捉え方ができるかもしれませんが、どちらにしても一般的には一向宗の葬儀や仏壇の飾りつけは浄土真宗本願寺派と一緒にすることが多くなっています。

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【浄土教と浄土宗の違い】簡単にわかりやすく解説!!それぞれの意味や共通点について

浄土宗 と 浄土 真宗 の 違い

一向宗とは? 一向宗とは、鎌倉時代の僧侶一向俊聖を祖とする仏教宗派です。 一向宗は自らを一向衆と称し、弥陀如来以外の仏を信仰する人々や神社に参詣する人などを排斥していきました。 一応は踊り念仏を行事としますが、念仏そのものに特別な宗教的意義を見出すことはなかったようです。 一向宗の開祖 一向宗の開祖は一向俊聖と言って良いでしょう。 一向は現在の福岡県久留米市の草野永泰の第2子として生まれました。 そして、1245年に播磨国書写山圓教寺に入寺して天台教学を修め、1253年には剃髪受戒して名を俊聖とします。 しかし、翌年の夏には書写山を下り南都興福寺などで修行しますが、悟りを得られませんでした。 その後、鎌倉蓮華寺の然阿良忠の門弟となり、1273年から各地を遊行回国します。 そこで踊り念仏や天道念仏を修して道場を設け、近江国番場宿の蓮華寺にて立ち往生して最期を迎えました。 以後、この寺を本山として東北や関東、近江などに一向の法流を伝える寺院が分布し、教団を形成するようになりました。 浄土真宗も一向宗と呼ばれる所以 親鸞の教えを浄土真宗と言いますが、一向宗とも呼ぶこともあるようです。 もともと親鸞が一向宗と言っていたのではなく、親鸞が「阿弥陀仏一仏に向け」と教えていたため、世間の人が「あれは一向宗ではないか」と勝手に呼ばれていったと伝えられています。 しかも、親鸞の教えに「一向専念無量寿仏」というものがあることから、わざわざ一向宗と呼ばれていることに対して否定はしませんでした。 【合わせて読みたい】 一向宗の葬儀 一向宗の葬儀では一般的に浄土真宗が一向宗と呼ばれることもあり、浄土真宗と同じ方法で行われることが多くなっています。 門徒は死とともに極楽住生を遂げていると考えられているため、葬儀の主な目的は受戒などではなく、極楽への法恩感謝となっています。 本尊の阿弥陀如来で唱える言葉は南無阿弥陀仏です。 葬儀の流れ 一向宗の葬儀の流れも浄土真宗と同じです。 中でも葬儀の流れについては、浄土真宗本願寺派と同じ流れで執り行われます。 出棺勤行は帰三宝偈のあとに路念仏が唱えられ、お棺が葬場に移されたことを表し、葬場勤行に入ります。 次に三奉請があり、正信偈、念仏、和讃が唱えられ焼香へと続きます。 そして、火葬に先だって行われる火屋勤行の時に読まれるのは、重誓偈などの偈文です。 拾骨の時は火屋勤行と同じく偈文・念仏・回向が唱えられ、遺骨が自宅に戻って還骨勤行を行えば葬儀は終了です。 一向宗の仏壇の飾り方 一般的な一向宗の仏壇の飾り方は浄土真宗本願寺派と同じで、まず本尊は阿弥陀来、お脇掛は右に親鸞聖人、左に蓮如上人です。 飾りつける仏具は次の通りです。 本尊や仏壇内部を明るくする灯篭• お浄土の飾りをあらわす瓔珞• 須弥壇や仏前の前卓などに敷きかける打敷• お線香を寝かせて焚く玉香炉• ご飯を盛る仏飯器とそれを置く仏器台• 樒をお供えてお浄土の香水を表す華瓶• 生け花を飾るための花立• 蝋燭台である火立• 亡くなられた方の法名などを書く過去帖とそれを置く見台• 菓子や果物等を供える台の高杯• 読経の時に打つリン• お経本をのせる机の経机• 線香さしやマッチ消し、ローソク消しなどの小物類 まとめ 一向宗は一般的に2つの意味があります。 鎌倉時代の僧侶であった一向俊聖が祖である仏教宗派の一向宗、そして親鸞の一向専念無量寿仏という教えによって世間が浄土真宗を一向宗と呼んでいたことです。 さまざまな捉え方ができるかもしれませんが、どちらにしても一般的には一向宗の葬儀や仏壇の飾りつけは浄土真宗本願寺派と一緒にすることが多くなっています。

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