終息意味。 新型コロナウイルス“しゅうそく”は、収束? 終息?〈デキる社会人の言葉づかい〉

収束と終息の違いと使い分け!宣言はどちらで行われるの?

終息意味

終息 しゅうそく : 混乱した状態が完全に終わっておさまること 「終息」の意味を詳しく 終息は、 混乱した事態がすっかり終わり、事態が完全に集結することを意味する言葉です。 簡単に言うと「やむこと。 絶えること。 終わること」を指す言葉です。 世界を揺るがすような大きな戦争やひとつの時代が終わったときや感染症などの蔓延 まんえん が終わり感染の恐れがなくなった際に用いられます。 「終息」の「終」は字の通り「終わる」という意味をあらわします。 「息」は、呼吸をすることだけでなく「休む」「終わる」という意味を持っています。 似た意味の漢字を組み合わせることで「完全に物事が終わる」という強い意味を指します。 「収束」との違い 「終息」には同じ読み方をしますが、漢字と意味が異なる「収束」という言葉があります。 読み方 終息 しゅうそく 意味 混乱した事態がすっかり終わり、事態が完全に集結すること 類義語 完結、終止、完了など 英語訳 terminate 終わること end 最後、末期 stop 止める、中断する 「終息」物事が終わる一つの区切りや大切な場面で使われることが多いため、覚えておくといいでしょう。 「終息」正しく理解し、正しい意味でしっかりと使いこなせるようにしましょう。

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新型肺炎の「終息」? 「収束」?

終息意味

一般的な言葉の用法というか、意味について述べます。 収束も終息も、ものごとや事態が、ある時間的推移の後、別の状態になることを意味する一般的な言葉で、ものごとや事態が、人間にとって都合がよいか悪いかは関係がありません。 非常に簡単に言えば、「収束」とは、事態が「あるまとまりになること・収まる」ことです。 「終息」は、単純に、事態が「終わる」ことです。 収束というのは、文字を見ると分かりますが、「束に収まる」という意味です。 これは、広がりがある事態が、「束」つまり、ある「まとまり」へと移行することで、まとまりに収まることが、秩序状態だとすると、無秩序だったのが、秩序になるという風な意味になります。 終息というのは、「息が終わる」と読めます。 これは人が死んで息がなくなるというような感じがしますが、人の死についてというより、物事の事態が、死ぬように、終わりを迎えるということです。 「よき時代の収束」とは言いませんが、「よき時代の終息」とは言います。 「収束」の場合も、よい事態が、悪い方へ収束するというのもあるはずですが、例文を造ろうと思うと適当なものがとりあえず思いつきません。 「収まる」というのが、やはり、よいことだというような感じがあるためでしょう。 というような意味・ニュアンスなのが、「収束」と「終息」です。 ですから、「サメ事件」は、「収束」でも「終息」でもいいのですが、サメ事件は、毎年起こる可能性があるので、今年は「収束」を迎えた、あるいは、今回の事件は収束を迎えた、しかし、そう思っているとまた、サメに襲われたという通報があって、収まったものが、またばらけるという可能性があるので、「収束」を使っているのでしょう。 他方、火山の「終息宣言」というのは、火山騒動も「収束」を迎えたというなら使えますが、火山活動は、始まるか終わるで、あまり、「収まる」ものではありません。 「治まる」というような感じです。 従って、火山活動の場合は、「終息」の方が相応しいということになります。 終息宣言を出したと思ったら、翌日にまた活動を再開した場合、これは火山活動についての学者の予測あるいは判断が間違っていて、火山活動は実はまだ終息していなかったのです。 他方、サメ事件の場合は、一頭あるいは数頭のサメで起こっていたサメ事件が、原因となるサメが捕獲されたり、外洋に去ったことが確実だと思えた場合、人々の心の動揺などが「収束」を迎えたのです。 しかし、別のサメが現れると、またサメだという動揺が起こるでしょう。 サメ事件の場合にも、「終息」が使えますが、あるサメ事件は終息しても、次のサメ事件がすぐ後に起こるかも知れないので、人心の動揺などの意味のサメ事件は、収束はするが、終息は難しいということです。 こういう言葉の使い方は、言葉の基本的な意味を知り、場合場合で適切かどうかの判断が必要になります。 新聞記事と言っても、表現がおかしい例は幾らでもあります。 また、おかしい表現がそのまま定着して、そういう用法が生まれてしまうこともあります。 言葉の意味は、時代と共に変化して行きます。 A ベストアンサー 「物書き」のひとりです。 まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか わる 」がないことです。 常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。 音訓表に無いものの代表的なもの よく使われるもの として「全 すべ て」「画 えが く」「〇〇に依 よ れば/拠 よ れば」などが思いつきます。 本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。 それも「かかわる」でなく「かかる」です。 「人命に係 かか る問題」「係 かか り結び」など。 前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合 常用漢字の基準では 「係わる」でなく「かかわる」です。 結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。 漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。 ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。 漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。 一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的 「関わらない」「係わらない」 にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。 ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。 念のため。 「物書き」のひとりです。 まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか わる 」がないことです。 常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。 音訓表に無いものの代表的なもの よく使われるもの として「全 すべ て」「画 えが く」「〇〇に依 よ れば/拠 よ れば」などが思いつきます。 本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい... A ベストアンサー はじめまして。 1.「経験を"もと"に話す」とは言い換えれば「経験にもとづいて話す」ことと同じです。 2.「もとづい(て)」は「もとづく」の連用形です。 3.「もとづく」は「基づく」という漢字しか存在しません。 4.従って、ここでは元、本、素などの漢字は適切ではありません。 ご質問2: <経験を"もと"に話す。 > 1.「~をもとに」という語感が「~を元に戻す」といった語感になるため、「元」の漢字を想定されたのだと思われます。 2.しかし、ここで使われる「もと」とは「土台」の意味になります。 3.他の漢字「元」「本」などには「土台」「ベース」といった意味はありません。 4.従って、ここでは基が適切な漢字となります。 以上ご参考までに。 A ベストアンサー そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。 国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。 私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。 情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。 ・漢字の学習の底が浅く安易になった、即ち本来の意味に注意を払わない。 原意:古代に枝や縄の結節で数字を示した方法の延長が現在の字形。 九が数の窮まった値として縁起よく、重視されてきた。 【充】:満ちる、満たす、余すところなく、担当する、埋める。 【分】:実は、発音も意味も一意でないのです。 【十分】の発音はshi2fen1 【分】fen1の意味は 部分、分割したもの など。 【十分】の発音はchong1fen4 【分】fen4の意味は 成分、本分、職責 など。 さて、お尋ねのこと「私はじゅうぶん満足した」はどう書くか。 ・単純に量的に満たされたならば【十分】。 ・心または腹が充足感を以って(徐々に内部から)満たされた場合は【充分】。 としたいところです。 【充】については以下の用法で感覚をつかんで下さい。 充電・充填・充足・充実・充溢・充血・充ちる(潮が、悪意に、月が、刑期がetc) ついでに、 「十分ご説明をいただいて、充分満足いたしました」のごとき用法も。 いまや、【十分】【充分】を使い分けるか否かは個人の好みです、読む人の感性に合わなければそれまでのこと、自己満足の域を出ません。 いずれにせよ、公式文書や事務的文書では、好悪を捨てて、国語辞典を標準とするに越したことはありません。 そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。 国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。 私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。 情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。 Q 皆様、こんにちは。 最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。 他にも『解任』などもあったりして どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。 gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。 『更迭』は他の人に変える事とでてきます。 これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか? なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。 よろしくお願い致します。 …にくい。 goo. php? キーワードを変更して再度検索をしてみてください。 goo. php? goo. php? …にくい。 goo. php? キーワードを変更して再度検索をしてみてください。 goo. php?

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終息と収束の違い

終息意味

「収束」と答える人もいれば、「終息」と答える人もいるかもしれません。 果たしてこの2つの言葉はどう違うのか、また「集束」や「終結」との意味の違いも気になるところです。 そこで今回は、「収束」「集束」「終息」「終結」の意味と違いについて解説していきます。 収束とは 「収束」とは、「おさまりがつくこと」という意味の言葉です。 分裂・混乱していたものにまとまりがつき、無事におさまることを指しています。 「事態が収束に向かう」「争いが収束する」のように使われます。 「収束」の「収」は「おわる」「やむ」を表し、「束」は「たばねる」「くくる」を表しています。 「収束」のもう1つの意味合いが、「ある値に限りなく近づくこと」というものです。 こちらは数学用語としての意味合いになり、「収斂(しゅうれん)」とも呼ばれます。 数列の項が、ある一つの有限確定の値にいくらでも近づくことや、無限級数の和が有限確定の値であることなどを指します。 また、収束には「光線などが一点に集まること」という意味合いもあります。 「集束」との違いについては、以下で見ていきましょう。 集束とは 「集束」とは、「多くの光線が一点に集まること」という意味の言葉です。 光などの束が、1つの点に集中することを言います。 これは、「収束」の一部の意味合いとまったく同じものです。 「収斂」とも呼ばれます。 「集束」の「集」は「寄り合う」「つどう」を意味しており、「束」は上記のように、「くくる」などを意味します。 「集束」という言葉が使われるのは、「集束レンズ」や「集束イオンビーム」などといった場合です。 「集束レンズ」は光線を一点に集めるために使うレンズのことで、「コンデンサー」とも呼ばれます。 「集束イオンビーム」は、微細加工などで使われる、イオンを電界で加速したビームを細く絞ったもののことです。 このように、「集束」は「収束」と一部意味合いが重なりますが、「おさまりがつく」などの意味は持たないところが違いになります。 終息とは 「終息」とは、「おわること」「やむこと」という意味の言葉です。 何らかのものごとが終わりを迎えることを言います。 「終息」の「終」は「完了する」「つきる」を意味し、「息」は「呼吸」の意味を持ちますが、この場合は「止める」や「終わる」を意味します。 「新型肝炎の終息宣言が出された」のように使われます。 「終息」は「収束」と混同しやすい言葉ですが、意味合いには微妙な違いがあります。 「収束」は「おさまりがつく」という意味で、「一定程度落ち着く」ことを表していますが、「終息」は「完全に終わること」を意味しています。 終結とは 「終結」とは、「ものごとが終わりになること」という意味の言葉です。 それまで継続していたものごとに、決着がつくことを表しています。 読み方は、「しゅうけつ」です。 「終」は前述のように「完了する」を意味し、「結」もこの場合は、「終わりになる」を意味しています。 「内戦が終結した」「裁判がようやく終結する」のように使われます。 「終結」と「終息」は、どちらも「終わる」という意味の字を2つ重ねて作られています。 そのため意味合いもほぼ同じで、違いはほとんどないと言えます。 ただ、「終結」は「決着がつく」という意味合いを含むことから、「終息」よりも「はっきり終わる」というニュアンスを含むという点で区別できます。

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