ウィンブルドン 決勝。 【2019年】ウィンブルドンの結果(決勝)

松岡修造が「世界」を追いつめた日……ウィンブルドンの記憶|【SPAIA】スパイア

ウィンブルドン 決勝

ウィンブルドン2019の決勝戦、第1シード・ジョコビッチと第2シード・フェデラーの頂上決戦は、稀代の負けず嫌い同士の対戦(笑)とあって大接戦となりました。 1ポイントごとに、BIG4が本気を出したクオリティ=スーパープレーの応酬が見られた男子シングルス決勝。 特にブレイクチャンスや、30-30の大事なポイントでのプレーには、ただただ言葉を失うほかありませんでした。 1度もブレイクチャンスが無い中でも、セットカウント2-1とリードしていたジョコビッチ。 ジョコビッチの痛烈なカウンターにも反応して対抗、要所では自慢のサービスでフリーポイントを稼いだフェデラー。 ウィンブルドン2019の中で最長時間となった決勝戦は、4時間57分の長丁場。 奇しくも、前日に行われた男子ダブルス決勝戦と同じ試合時間でした。 画像キャプチャ元: フェデラー vs ジョコビッチの決勝スコア|ウィンブルドン2019 ジョコビッチが7-6 7-5 1-6 7-6 7-4 4-6 13-12 7-3 という壮絶なスコアでフェデラーに勝利して、ウィンブルドン2019で優勝を飾りました。 フェデラー vs ジョコビッチの決勝レビュー|ウィンブルドン2019 前述の通り、1度もブレイクチャンスを握れないまま2セットをもぎ取ったジョコビッチ。 第2セットで突然パフォーマンスが落ちたように、序盤は不安定なプレーも多かったジョコビッチですが、帳尻合わせでセットを奪うのは流石です。 優位に試合を進めながらもセットでは負けているというタフな状況に、さすがのフェデラーでも気落ちしてしまうのでは... と誰もが感じたでしょうが、第4セットでは一気に2ブレイクアップで5-2、サービング・フォー・ザ・セット(以下、SFS)とします。 しかし、ここですんなり取らせてくれないのがジョコビッチ。 ほとんど誰も攻略できなかったフェデラーのサーブを打ち破って、ブレイクを一つ返します。 結局このセットは5-4で再び訪れたSFSをフェデラーが物にしてファイナルセットに突入します。 それでも、ゴールを目前にしても立ちはだかるジョコビッチの驚異的なメンタルを見せつけられ、フェデラーのみならず観戦していた全員が「ジョコビッチに勝ちきるのは簡単ではない」と再認識したのではないでしょうか。 最終セットに入ると、ジョコビッチが押す展開に。 何とかキープを続けたいフェデラーでしたが、第5ゲームで早々にブレイクされてしまいます。 もうすぐ38歳ということも考えると、ここで万事休すか... と感じつつ迎えた第6ゲームで、なんとすぐさまブレイクバックに成功するフェデラー。 本当にどうかしていますね。 笑 その後、第15ゲームでブレイクに成功、ついにSFCを迎えたフェデラー。 40-15まで漕ぎ着け、ダブルのチャンピオンシップ・ポイントという場面で、フェデラーファンにとっては悪夢の全米オープン2011での直接対決のような展開が始まります。 フェデラーサーブを2本破れないと負けるという絶体絶命の状況、これ以上ないくらいの逆境で、力を発揮するのがジョコビッチです。 圧倒的フェデラー応援だった会場も含め、誰もがフェデラー優勝を信じていたところから、スコアをタイに戻して試合続行を強いることに成功したジョコビッチ。 まさに悪魔のような、薄ら笑いを浮かべた表情が印象的でした。 その後は両者とも薄氷のキープを続けて、ゲームカウントは12-12。 今年のウィンブルドンから導入された「12-12になったら通常のタイブレーク」ルールにより、タイブレークに突入。 タイブレークでも互いに最後の気力を振り絞る厳しい戦いでしたが、最後の最後でミスをしなかったジョコビッチが、歴史的な一戦に終止符を打ちました。 (乱文すみません、内容てんこ盛りすぎて、上手くまとめられません。 笑) ジョコビッチ vs フェデラーの決勝ハイライト動画 フェデラー 8回(2003、2004、2005、2006、2007、2009、2012、2017) サンプラス 7回(1993、1994、1995、1997、1998、1999、2000) ボルグ 5回(1976、1977、1978、1979、1980) ジョコビッチ 5回(2011、2014、2015、2018、2019) 歴代TOP3のプレーヤーや同時代にしのぎを削っていると言っても過言ではないフェデラー、ナダル、ジョコビッチの非常識な強さ。 今回のジョコビッチの優勝で、グランドスラム通算勝利数もフェデラー20、ナダル18、ジョコビッチ16と、ジョコビッチが迫ってきています(歴代上位3傑を独占状態で、次点はサンプラスの14)。 全米オープン2019でもBIG4の誰かが優勝する予感がしてなりませんが... 圧倒的な強さに立ち向かう非BIG4にも期待したいと思います。 そして、衰えが来る予感のしないBIG4の今後の活躍にも、ほどほどに期待したいと思います。 笑 以上、午前4時頃まで決勝戦を観戦した翌日の朝なので少しグダグダですが(言い訳)、ウィンブルドン2019決勝戦についてでした! テニスファンの皆さん、連日の深夜観戦お疲れ様でした!!.

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【ウィンブルドン2021】日程、チケット、放送、ドロー、ポイント|錦織圭出場予定

ウィンブルドン 決勝

6月24日、ウィンブルドン選手権男子シングルスの史上最長試合は3日がかりで決着。 激闘を終えたイスナー(左)とマユ(右)は健闘をたたえ合った。 前日の段階でテニス史上最長の10時間に達していた試合は、11時間5分で決着。 試合が終了すると満場の観客は総立ちで拍手を送り、3日がかりで2回戦進出を決めたイスナーは「少しは疲れたが、こういう雰囲気の中でこういう試合をしていれば疲れは感じない。 素晴らしい観客だった」と語った。 一方、敗れたマユにも観客からは惜しみない拍手が送られ、イスナーも一緒になってその健闘をたたえた。 これに対してマユは「テニスをする上で最高の場所で、史上最高の試合ができた」と応えている。 なお、この試合では計11時間5分、計183ゲームのほか、第5セットの138ゲーム、8時間11分も新記録となった。 0 : 0• narrow-browser-and-phone• medium-browser-and-portrait-tablet• landscape-tablet• medium-wide-browser• wide-browser-and-larger• medium-browser-and-landscape-tablet• medium-wide-browser-and-larger• above-phone• portrait-tablet-and-above• above-portrait-tablet• landscape-tablet-and-above• landscape-tablet-and-medium-wide-browser• portrait-tablet-and-below• landscape-tablet-and-below.

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フェデラーvs.同世代ロディック。ウィンブルドン決勝の切ない結末。

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絶対王者と同世代だったテニス人生、様々な感情が絡みあっただろう。 『Sports Graphic Number』は創刊1000号を迎えました。 それを記念してNumberWebでも執筆ライター陣に「私にとっての1番」を挙げてもらう企画を掲載します! 今回は国内外のテニス取材、執筆を手掛ける山口奈緒美氏。 同氏が挙げたのは2009年ウィンブルドン選手権決勝、フェデラーvs. ロディックの一戦です。 ウィンブルドンのクラブハウス内、センターコートへと出る通路の壁に記されている一文のことは、少なくともテニス通の間ではよく知られる。 詩には12の『If(もし)』が綴られ、最後に「この世とそのすべては君のもの。 そして、君は一人前になる」と続く。 2008年のウィンブルドンでは、BBCの企画でロジャー・フェデラーとラファエル・ナダルが全編を朗読し、100年も前の詩が現代に蘇った。 センターコートに向かう直前の訓示。 人としての品格を示すひとつひとつの「もし」は今の時代も胸に響き、前述の一節がウィンブルドンを居場所としたとき、「栄光と災厄」は「勝利と敗北」という具体的な事象となる。 センターコートでプレーをする栄誉に浴する者は誰もが、この崇高な訓示の門をくぐって戦いの舞台へ向かうのだ。 ファンがその意味を噛みしめようとするなら、それぞれに思い起こす伝説の一戦があるのではないだろうか。 近年映画化もされた1980年のジョン・マッケンローとビヨン・ボルグの死闘かもしれないし、<テニス史上最高の試合>とも謳われる2008年のナダル対フェデラーかもしれない。 二強に弾かれた男、ロディック。 すばらしい試合であればあるほど、ときに結末はどう転んでも残酷だ。 勝利も敗北も同様に扱う? 時間がそうさせることもあるが、何年経とうが到底無理なこともある。 2009年のウィンブルドン決勝は、まさにその後者だろう。 前年ナダルに奪われたタイトルの奪還と1位返り咲きを狙うフェデラーと、3度目の決勝で初の栄冠に懸けるアンディ・ロディックが繰り広げたファイナルセット16-14の激闘の結末は、単なる目撃者でありながら今思い出してもなお切ない。 時はフェデラーとナダルの二強の全盛期。 ウィンブルドンの決勝も過去3年連続でこの二人が争っていた。 フェデラーの1つ下だがフェデラーよりも先にナンバーワンに上り詰めたロディックは、この二強時代に弾かれた大物の1人といっていい。 復活を遂げたビッグサーバー。 2003年のウィンブルドンで初のメジャー優勝を果たしたフェデラーと、同年の全米オープンを制したロディック。 新たなライバルの時代の幕開けと期待されたが、そうはならなかった。 フェデラーがピート・サンプラスに並んで男子では当時史上最多記録となる14のグランドスラム・タイトルを積み重ねてきた一方で、ロディックは21歳でのあの栄冠が最初で最後。 2004年と2005年のウィンブルドン、2006年の全米オープンと、決勝でロディックを破ったフェデラーが通算対戦成績も18勝2敗と圧倒していた。 最速で245キロのサーブを記録したこともあるロディックだが、過去3年のウィンブルドンでの成績は3回戦、ベスト8、2回戦。 チャンスが大きいはずの芝でさえもうタイトル争いは無理と思われていた元王者が、敏腕コーチを招き、新婚の妻の支えとともに肉体改造にも取り組んで復活を遂げたのが、この2009年だった。 とはいえ、フェデラー相手では勝ち目がないというのが大方の見方。 グランドスラムV15という大記録達成がかかった一戦は、ロイヤルボックスの最前列でサンプラスも見守る中で幕を開けた。 最終セット、第30ゲームまで……。 第1セットはロディック、第2、第3セットはともにタイブレークでフェデラー。 ロディックにとって6-2でセットポイントを握っていた第2セットのタイブレークを奪われたことは痛恨の極みだったが、にもかかわらず集中力を切らさず、第4セットをワンブレークでものにして最終セットに持ち込む。 グランドスラムでの両者の対戦は過去7回あったが、第5セットまでもつれたのは初めてだ。 タイブレークのない最終セットは、互いにブレークポイントすら握らせずに8-8まで進行したあと、ついにロディックがマッチポイントに等しいダブル・ブレークポイントを握る。 しかし研ぎ澄まされた集中力でしのいだフェデラーに、このセット初めてのブレークポイント、そしてマッチポイントが訪れたのは15-14で迎えた第30ゲーム、2度目のデュースのあとだった。 最後はフェデラーの深いバックハンドに食い込まれ、ロディックのフォアハンドはコントロールを失ってコートの外へ高く舞い上がった。 いつもはフェデラー贔屓の客も。 4時間18分の攻防で、ロディックが許したブレークはこのラストゲームだけ。 奪い合ったゲームの合計数は77。 これは今でもウィンブルドンの決勝における最多記録である。 いつもはフェデラー贔屓の観客もこの日ばかりはロディックに心を寄せた。 万雷の拍手の中、マイクを向けられたロディックは胸が張り裂けそうな痛みを精一杯隠し、ロイヤルボックスのほうを向いて親しい友人に話しかけるように言った。 「ごめんよ、ピート。 阻止しようとがんばったんだけど」 黒いサングラスをかけたレジェンドは口元に優しい笑みを浮かべていた。 「僕は5回優勝していた。 それでも」 宿敵フェデラーに対しては「彼は真のチャンピオンだ。 これだけのものを手にするに値する」と述べ、フェデラーは左手を上げて控えめな笑顔で応えたが、その表情にこの日成し遂げた偉業にふさわしい晴れやかさはない。 代わってマイクの前に立つと、こう語りかけた。 「あまり悲しまないで。 僕も去年はここで同じように5セットでラファに負けたけど、こうやって……」 そのとき、ロディックが何かを言って遮った。 マイクをつけていないので聞こえなかったが、すぐにこう応じたフェデラーの言葉から推測できた。 「確かに、僕は5回優勝していた。 フェデラーは「君もまたここに戻って来て、勝つ日が来る。 今日の君は本当に強かった」と続けたが、ロディックがグランドスラムの決勝に戻ることは二度となかった。 そして、2012年の全米オープンを最後に引退。 30歳になったばかりだった。 「ロジャーが候補になった時には」 引退から5年後、2017年に『国際テニスの殿堂』に入ったロディックは、セレモニー後の記者会見で、あいかわらず少々口の悪いやんちゃなキャラを隠さずにこんなことを言っている。 「これで僕はこの先、(殿堂入りを決めるための)投票権を持てるんだよね? だったら、ロジャーがいつか候補になったときには反対票を投じる(笑)。 でも、彼を嫌いになるってことはすごく難しくてね。 今日も朝一番に僕が受け取った祝福のメッセージは、ロジャー・フェデラーという男からのものだったよ」 もしもあの試合に勝っていれば、もしもあのセットポイントのボレーをミスしていなければ……そんないくつもの『もし』と葛藤してきたはずのロディックは、こうも言った。 「そういう思いを巡らせてもキリがないし、今となっては無意味だ」と。 つかみそこねた栄光をあきらめ、残酷な敗北を受け入れた先に至った境地は、あの詩の通りであっただろうか。

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